痩せたる巖も馨るらん
橋《はし》反《そ》らせけむ高樓の
甍くづれしバビロンの
大城《おほき》の跡に咲き殘る
花の色こそさだかならね
珊瑚洋の島人も
花の環をつくりては
あからさまなる乳のしたに
錦の帶をまとひたり
ビヱンの湖の朝凪に
槎《うきゝ》あやつる美人の
腕《かひな》に佩べる珠鳴りて
匂へる花は胸の上に
咲きて散り、散りて咲く
野末の花のなつかしく
露にぬれたる秋の花を
渡殿朽ちし西の壺に
人の贈りし春の花を
蝦夷菊枯れたる池の畔に
褄紅の撫子は
露霜《つゆしも》降《お》りてめげたれど
名よ脆かりし虞美人草《ひなげし》の
やがて媚《いろ》ある花咲かん
眉秀でたる妹あらば
りぼんに※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》すを惜まねど
紫菫、白薔薇
酷《むご》くは摘まじ苑にして
新たに歸《とつ》ぐ町《いち》の子の
車に花は投ぐるとも
小|坪《つぼ》に吊《つる》す花籠に
切りてさゝんはあたらなり
明星が岳に立ち迷ふ
雲に思ひの馳する時
曉くらく園に降りて
幽かに花の香を※[#「鼻+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]げば
深山の奧にひとりのみ
立つに似たる悲みは
忘るゝからにわりなくも
落る涙のとゞまらで
常陸より
(人の武藏に居るに)
玉藻|被《かつ》ぎて美人《たをはめ》の
狐と化ける篠原や
奈須野の南石裂けて
常陸に落つる小貝《こかひ》川
物皆沈む誰彼《たそがれ》の
霞の底を流れては
ほの/″\明くる東雲の
柳の蔭に渦きて
翠の山を山比女《やまひめ》の
帶と※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]れる川なれば
葦茅《あしかび》萠えて芹《せり》秀《ほ》きて
川にも春の光あれ
朽木の洞《うろ》に隱れたる
蝴蝶の夢は長うして
羽拔けかへし連雀《をながどり》
翔るも舞ふも雲の上
菜種の花に圍まれて
寂《しづ》けき森の北南
村と村とは長橋の
橋を隔てゝ望めども
南の村にわれ生れ
北の村より君出でゝ
額に垂れし放髮《かぶきり》の
髮の端にも觸れずして
われまだ君の眉を見ず
見しは堤の花すゝき
君亦われの顏相らず
知るは堤の木瓜《ぼけ》の花
あゝ幾年青き草濡れて
堤を花の飾るらむ
雨はしづかにそゝげども
人は歸らぬ故郷に
櫟《くぬぎ》の林分け入りて
われ山繭《やままゆ》を採りし時
萱野《かやの》の末にうそぶきて
君はとがみを飛ばしけむ
ぬすめる芋を野に燒いて
※[#「酉+僉」、第4水準2−90−43]《ゑぐ》きに吻《くち》を腫《は》らしては
七日の月の影踏んで
小篠の笛も鳴らしゝか
おもかげに見る
あげまきの
友と呼ばんは
うらみなり
世にはぐれたる
一人子の
君は悲しき
弟よ
さもあれ空の
雲すらも
やがては洞に
歸るもの
歸れ月波《つくば》の
ふところに
君ゆゑ泣かむ
人もあり
[#ここから3字下げ]
はとがみ、草の名、形通草の實に似たり、みのりて莢裂くれば中におびたゞしき有毛痩果あり、試みに之を吹けば、風に乘り森を越え林を過りて、漂々として終にゆくところを知らず
[#ここで字下げ終わり]
〜〜〜〜〜〜〜
征矢の光
『無弦弓』を讀む
鳥鳴き過ぐる
巖の上に
黄金の弓を
携へて
征矢の行方を
見送れば
光はそれか
入相の
西に聚まる
紫の
霞の底に
潛みては
白羽の影を
中天に
漂ふ雲の
縁《へり》に投げ
浪靜かなる
大和田の
八重の潮路に
煌めけば
沖行船も
紅の
流れし中に
隱れけり
鏃は天に
とゞまりて
新たに星と
生《な》りにけむ
おぼめかしくも
北の方に
落る光の
弱きかな
野火により來る
小牡鹿の
外山に啼くは
聞ゆれど
鴎下り居し
白濱の
潮に朝の
聲絶えて
貴艶《あて》なる嫦娥《ひめ》の
顏は
さし出づる月の
色に見えて
露置きそめし
秋の野に
夕の聲の
かすかなり
哀歌
羅綾《られう》の裳裾《もすそ》かへしては
春を驕《おご》りし儷人《れいじん》の
腰に佩《お》びたる珠《たま》鳴りて
秋|燕京《ゑんきよう》にたけてけり
霜こそ置かね天津の
橋に見馴れぬ旗立ちて
紫深き九重の
雲もかへるか峽西に
陽明園《はこやのやま》に炬《ひ》入《い》りては
玉の宮居も燒けつらん
蓮葉枯れし夕暮の
池に舟|行《や》る人もなし
金房垂れし鞦韆《ふらこゝ》に
みだせし髮はをさめじな
西に流るゝ天の川
曉《あかつき》浪《なみ》の驚けば
永安門《えいあんもん》の階段《きざはし》に
落ちたる花は誰が妻か
脛も血潮に染めなして
劒ぞ胸に刺されたる
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