の海に
はしき骸をさらしたりけむ
彌生子に
(醉茗がいとし兒に)
煙に似たる花咲いて
土橋《どばし》に白き烏瓜《からすうり》
匂へる花を彌生子《やよひこ》の
産毛《うぶけ》の髮にかざゝまし
山の西よりおく霜に
やがては瓜の染まる時
紅きを割りて彌生子の
櫻色なる頬《ほ》にぬらむ
種子《たね》を常陸の野にとりて
都に移《うつ》せ烏瓜
春に生れし彌生子の
花なる袖に纏《まと》ふべく
〜〜〜〜〜〜〜
沈める星
(子を失ひし人に)
花は根になる春の暮
かへらぬ吾子《あこ》の魂《たましひ》を
櫻が下の墓《おくつき》に
呼びし涙は乾かじな
朝明《あさけ》の名殘みだれたる
ちぬの浦曲の虚舟《おぼろぶね》
沈める星の光《かげ》見れば
思ひよ空にさわぐらむ
靜かにそゝぐ水にすら
地《つち》ぬらさじと心して
葬りにけむ春くれて
山時鳥鳴かんとす
白露しげき秋の夜は
軒《のき》の褄《つま》なる燈籠の
淡《あは》き光に誘はれて
おもかげにして歸らんに
なれし添寢の手枕に
生《い》けりと見しは夢にして
柔肌《やははだ》凍《こほ》る地の下の
暗きに吾子はかくれたり
〜〜〜〜〜〜〜
やまめとり
(女)
曉の夢を落《おと》して
白雲の衾|被《かづ》きて
一夜さは關路に睡れ
旅ながら君も少女の
玉匣箱根の谷に
※[#「魚+完」、第4水準2−93−48]《やまめ》捕るわれは賤の子
早川の水上遠く
木賀にこそ秋はたけたれ
白玉の沈《しづ》く淺瀬に
かゝぐれど褄はぬれつゝ
春風に散るや前髮
わきばさむ畚《ふご》の重きに
相摸の海月は通ふも
高殿に琴なしらべそ
夢にして偸《ぬす》みも聽かば
君により睫《まつげ》しめらむ
水色の袖の長きを
飜《か》へす手に指輪きらめき
胸高に帶を結べば
歩むにも花のこぼれむ
行く水に散浮く花の
悲きは花の行方か
そよわれと都大路に
銀の鞭も振りしを
行く水に散浮花の
いつまでか面《おもわ》輝く
うすものに伽羅を※[#「火+主」、第3水準1−87−40]きしめ
唇に紅はさせども
行く水に散浮花の
花なれや匂むなしき
溺れんか淵に水あり
碎けんか河原の石に
辛かりし夢よりさめて
幻の雲にかくれん
葦の海に影さす月も
秋よりや光澄むらむ
春日野の白き葉は
さながらに君の色なれ
湖の小舟棹さし
曉を星に泣くとも
山桃の花咲く頃は
新月の眉を剃るらむ
足柄の山をめぐりて
行く水にわれは散る花
行く水にわれは花とぞ散りぬべき
足柄山の春の夕ぐれ
星のまびき
(辱められし少女あり)
矢獨蜜《しどみ》の花の緋に咲きて
鐘樓《しゆろう》朽ちたる山寺に
肩に亂れし髮剃りて
耻《やさ》しや尼となりにけり
鏡の下の刷毛《はけ》をとり
今はた色は粧《つく》らねど
枕に殘る曉の
雲の俤寒きかな
春雨|纖《ほそ》き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]廊《わたどの》に
檜扇あげてさしまねき
散りかふ花にまがひたる
胡蝶の魂をかへすとも
額にかゝる前髮の
丸《まろ》がれたるもかゝげねば
秋の風吹く中空に
迷へる夢はかへらじ
星の凶光《まびき》のあらはれて
根浪轟く淡路島
舟《うきはし》通ふ由良の戸の
跡無き浪も追はなくに
洲本《すもと》松原《まつばら》中絶えて
虹《をふさ》かゝれる白濱の
滿潮《やえ》に溺れて蘇へり
われから爲りし新尼《にひあま》の
白雪降れる宮中《みやぬち》に
簾《をす》を掲げし女嬬《はなづま》は
南の海に沈み入りて
憂き名を磯に流したり
月の入方《いるさ》に漂ひて
潮と落ちし竺志舟
面影|光《て》りし姫君の
形見も浪も葬りて
思へばわれは璞《あらたま》の
石に碎けし片《かけら》なり
涙を花の振袖に
藏《つゝ》みて遠く嫁ぐとも
杯《さかづき》含《ふく》む唇《くちびる》の
褪《あ》せなん程《ほど》の紅《べに》は不知《いさ》
胸にうつらふ幻を
いかなる色につくろはむ
鴛鴦《をしどり》縫《ぬ》ひし蒸衾《むしぶすま》
なごやが下に帶《おび》解《と》くと
戰《をのゝ》く指を握《と》られなば
夢にや死なんうつゝなの
伽羅《きやら》立ち馨る閨の戸に
背向《そがひ》に臥して懶《しどけな》く
亂るゝ衣《きぬ》をおさへつゝ
泣くとも知らん涙かは
霞に迷ふ
雁が音の
鳴門の迫門《せと》に
聞ゆるは
藻汐の煙
なつかしき
撫養《むや》の浦曲に
渡るらん
内海《うちうみ》照らす
月代《つきしろ》の
光めぐれる
島なれば
巖が根まどふ
浪の音は
島の奧にも
聞えつゝ
樒の露に
しほたれて
影衰へし
新尼《にひあま》を
野守の鏡
いくそたび
淺き山べに
泣かすとか
紅もるゝ
うすぎぬに
おほひし乳も
傷つきぬ
忘れがた
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