葦間の杙に鳴き交す
鳥には輕き羽あれば
さしまねけども寄らずして

憎しとも思ふ浪の上の
鳥の如くにいたはりし
人はわが家を去りて後
寂しき秋となりにけり

朝髮梳る床の上
眉根|粧《つくら》ふ閨の裡
袂にくゝる八房の
若紫の色も濃く

雨降る夕、わが前に
裁縫《はぬい》をすとていねむりて
廣くとりたる前髮を
机にあてゝ壞せしも

頬に突くかゞち、知らぬ間に
鳴らさむとして覺られて
笹紅匂ふ唇に
ふたゝび珠を返せしも

人故妻を逐はれて
知るは二人の涙のみ
(羨ましきは羽すりて
雌雄共に棲む白鳥よ)

美しき物、はなたじと
握りし鳥は奪はれぬ

人故妻を逐はれて
さめぬ白日《まひる》の夢に耄《ほ》れ
雲流れ行く東路に
何しに來ぬる我ならむ

松稀にして榛多き
常陸は山も高からず
(菱の實《み》おつる沼なれば
白羽の鳥も翔るなり)

ぬなはの若芽掻きよせて
摘めども船の慰まで

思へば鳥の逐はるゝも
逐はれて草に隱るゝも
大路を過ぐる花車
少女は花の小車か

さす手にひらく春の花
ひく手に飜《かへ》る秋の波
灯影ゆらめく細殿に
扇《あふぎ》飜《かへせ》し舞姫と――

伊賀より落つる木津川の
石皆圓き川の上
雪と漲る浪の戸に
赤裳かゝげて立ちたると――

西京《みやこ》に近き荒寺の
崩《やれ》し築土《ついぢ》に身を寄せて
森の公孫樹《いてふ》に落る日の
光に泣きし尼君も――

燈籠舊りし石階《きざはし》を
鹿に恐れて驅け上り
紅潮しゝ頬の色の
花の如くに光《て》りたると――

人は往けり還りけり
とゞろと渡る花車
蜘手の道の遠くして
のこるは暗き花の影

野守の鏡
  面銹びて
形象《かたち》を落す
  雲も無し

還らぬ人の
  一人にのみ
神は戀ふるを
  許せども


  葭原雀
[#ここから4字下げ]
鬼怒川に近き小村に、母のゆかりを尋ねて、さすらひ來しポルチカル人の孤兒あり、夕ぐれ其門を過りて
[#ここで字下げ終わり]


夕靜けき菅生野《すがふの》を
たなびきかくす旗雲の
紅きを見てはしかすがに
もろき涙も落しけむ

千重敷《ちへしく》浪《なみ》に漂ひて
眞舵《まかぢ》しゞぬき漕がんとも
テグスの川に入らんには
餘りに遠き旅なれば

有明の月の消えかゝる
鬼奴《きぬ》の河原にさまよひて
かぎろひ燃ゆる紫尾《しを》が嶺《ね》の
峰照る星を仰ぎ見ば

空より來にし天使《みつかひ》の
翼に乘りて天國《あまぐに》に
歸りし母の俤は
花環の中にあらはれむ

腰に三重卷く綾織の
帶は結ぶに輕くとも
繪にのみ見てし矢がすりの
振の袂は馴れたりや

※[#「くさかんむり/繁」、第3水準1−91−43]《かはらよもぎ》を摘まんとて
籠を片手に獨木橋《まろきばし》
眞青《さを》なる水に陷らば
浪にや袖のなづさはむ

かざすに馴れし白ばらは
さてもあらんを花の君
肩に渦《うづま》くかち色の
髮誰がために梳る

(月さす閨に丸寢して
わが見し夢は花なりき

仄《ほのか》に宿る電の
露の命となりぬれば

心痛むる秋風に
たゞ戀しきは母なるを

都の雲を西に見て
川を常陸に越す舟の

おぼつか無しや夕闇に
棹かすむるは葭剖《よしきり》か)
  〜〜〜〜〜〜〜


  石廊崎に立ちて
    (月島丸をおもふ)


八重立つ雲の流れては
紅匂ふ曉《あけ》の空
夜すがら海に輝きし
鹹《しほ》の光も薄れけり

南に渡る鴻《おほかり》の
聲は岬に落つれども
島根ゆるがす朝潮の
瀬に飜る秋の海

牡蠣殼曝れし荒磯の
巖の高きに佇みて
沖に沈みし溺れ船
悲しきあとを眺むれば

七十五里の灘《なだ》の上
浪は白く騷げども
玉藻の下《した》に埋れし
船は浮ばずなりぬかな

戰鬪《たゝかひ》は
  終りたり
檣《ますと》も今は
  倒れたり

奔るははやき
  雲の影
響くは大海《あら》の
  浪の音

かくれし岩に
  乘り上げて
裂けし龍骨《きーる》の
  あらはなる

戰鬪《たゝかひ》は
  終りけり
嵐の聲を
  名殘にて

霧のまがひに
  ひらめきし
白帆も旗も
  やぶれては

夕やみ迫る
  海の上に
『のろし』の色の
  力《ちから》なき

見よ空を蹴《け》る
  荒浪に
船は覆《かへ》りて
  渦《うづ》ぞ卷く

渦卷く中に
  漂ふは
最後《をはり》の影か
  泡沫《うたかた》か

朝《あした》巖手《いはて》の山の上に
蕪菁《かぶ》虹《にじ》立つを夢にして
夕《ゆうべ》、鹿島《かしま》の沖合に
根浪《ねなみ》の湧くを見つらんに

花もて飾る墳墓《おくつき》の
小《ち》さきを野べに遺《のこ》さずして
水づく屍は紅の
珊瑚《さんご》の礁《いは》に沈みたり

八洲《やしま》を環《めぐ》る大瀛《おほわだ》の
浪に生れし男《を》の子とて
秋風渡る伊豆
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