てをる人だけに、悲んで傷らずといふ覺悟があツて、肚の中でぢツと堪らへてをらるゝのが一層氣の毒でならぬ。しかし又思ひ直して解釋すると事々物々奇ならざるはない。君の煩悶は外部にあらはれた生命に缺陷の多く、到底内部の光焔を盛るに堪へぬ所から、噴火山が爆發すると同じ理屈で、欝屈の餘り怨嗟の聲と成り不平の涙と成るので、君の生涯の純粹は即ち茲に宿て居る。君の生命の價値から見て貴重を極めてをるものは此煩悶で、君は此黄金を自重していよ/\高貴なる金剛石に鍛へ上げなくてはならぬ義務がある。煩悶は凡人の能くする事でない、古への偉人傑士誰か煩悶の子ならざるかである。又病魔とても其通りで、嶮崖急河が深山の威嚴を守るごとく、君を包衷して天眞の妙相を保持し得たものは全く病魔の力である。烈風豪雨が峻嶺の嵯峨を作るごとく、君を鍛錬して詩品の深刻を成さしめたものは終に亦病魔の賜物といはねばならぬ。此の如き矛盾の大調和、此の如き闇黒の大光明をかくも正しく現世目前に見るを得たのは、宇宙萬人の生涯中希有絶少の偉觀として夜雨君のため、又讀者諸賢のため欣喜にたへぬことである。
 何時の頃からともなく、前栽に花を植ゑ水を灑ぎ草を採り、自ら「花守」と名乘て出られた。
[#ここから1字下げ]
しかし花は綺麗ですよ。今六つばかり咲いてゐますが、色として無い色はありませぬ。葉※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]頭にもいくつ色があるか數へきれぬ。(ニユーヨルク[#「ニユーヨルク」はママ]のヘンデルソン商會の種子なり)おしろいは黄と紅と、夜顏は藤紫と雪白と、ハルシヤ菊は白色と淡紅色とを八重と一重に、アメリカ白蘚は淡紫色、うらしま菊は八いろの色、千紫萬紅ホンとに君に見せて色の講義をきゝたい位です。
[#ここで字下げ終わり]
 又近頃は村の子供を集めて寺小屋を開いてをらるゝといふのです。「花守」と「お師匠」さま、何といふ詩的の生活であらう。夜雨君の如きは頭のギリ/\から足のツマ先まで、全部詩の化身といふてよいでしよう。
  八月十八日[#地から10字上げ]伊豆伊東にて
[#地から2字上げ]友人  伊良子清白

 夜雨は薄幸の詩人なり、幼ふして身、已に病を懷き、室に筑波の翠微を仰ぎて、而も脚多く戸※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]の間を出でず、宜なるかな、凄思欝結して詩となるところ、哀音惻々として一に
前へ 次へ
全26ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横瀬 夜雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング