覺悟した事はなかつたらう。蕾のうちに萎れ行く花の少女はあるが、彼はやがて來るべきおそろしき死を思うた事は夢にもあるまい。生るゝと同時にすべての幸福は剥ぎとられて、心にも身にも絶えず苦痛を覺えねばならぬやう何で生れたのであらう。星は君にも見える筈だ。(中畧)僕は夢にでも立派な體格になつて見たいと思はぬ晩はないのだ。わが手人よりも強く、わが足人よりも疾く、高きも花は折らう、深くも水は渉らうとやうに……
つまりかツたいの瘡うらみだが、君僕は正直に言ふ、僕若し一兵卒たるを得ば、攻めあぐめる旅順口の要塞にいつその腐れ、奮鬪して死んで見せるよ。
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斷膓の文はこれに盡きない。
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中秋の夜ひとり沼に行きて浪の上に消え行く夕陽の光を見た、勞れて一歩も移し難き足を木の根に寄せて、月はまだうつらぬ浪の面を見つめてをると、西と北から霧がだん/″\と重なつて來て、水は鏡のやう天も遠く地も遠く、僕そこに美しきわが住居を認めたのである。亡き友のうへ病める人の身など、それよりそれと考へ出して、父母百年の後にくらき或者の影のわが行く路に横はれるを悲しんで、寂たる湖心に家(家舟)を浮べ、ひとりそれに籠らば世に味氣なき事を思ふまじと思つた、一棟の家を建つるべき入りめと一人耕すべき田とはすでに持てり。住まん哉。人來らぬ湖上に」
こゝに人を見る。渠等に夫あり妻あり。かれ等われより暗《オロカ》にしてわれよりしれものなるに、來りてわれを侮りわれを辱しむ。われもとより其心術の陋しきをあはれむばかりの誇りはあれど、長く其眼をのがれてひとり在らんことを希ふ。
今せん無き夢を空にゑがいて徒らに野に朽つべきか。われに猶用うべき力あり。初より許されたる命のかぎり生きんのみ。
やがては君、わが造くるべき水槨の壁に題す詩をあたへた。
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眞個至情の文、讀んで泣かざるは人に非ずと思ひます。
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足は痛い、庫に入つて、本をさがす事も出來なくなつた。弟は一日うちに居るぢやなし、またさう使へるもので無い、まして夜痛い足をなぐツてくれとはたのまれぬ。痛んでねられぬ時、僕はひとり暗い座敷に座つて鷄の啼く時分迄ゐる事がある。布團へねてゐては却て痛むのだ。
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かやうな意味の文句は書面毎に絶えたことはないが流石に人間最高の趣味を解し
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