べつ甲蜂
横瀬夜雨
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)針毛《はりげ》を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「りぼん」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例))ねば/\して
−−
春さき、はんの木山を歩くと、かげろふの糸のやうな白い毛がふわりと飛んで來て、顏や頭にひつかかる。ねば/\してうるさいので、取りすてようとしても中々離れぬ。地震蜘の糸だ。いぼとり蜘とも言つてゐる。巣へさはると、おこつて網全體を震動させる。はじめ巣をかける時、五六尺位長い糸を尻から手ぐり出して、空中に飛ばすのである。飛ばされた糸が何かに引つかかると、蜘の巣の幹線となるのだ。高い處からぶらんこして遠くへ渡す糸は大してねばらない、飛ばして引つかける糸は必要上ねばるやうに見える。林中を歩む時、毛蟲から針毛《はりげ》を植ゑられることには驚かないが、この蜘の糸には弱らされる。和漢三才圖會に、或る蜘の吐いた糸で前の物を縛ると其處から腐つて落ちるとあつたが、まんざら跡方のない話でも無ささうである。
熊蜂《だいきち》を投げて見ると、掴まへると同時にりぼん[#「りぼん」に傍点]のやうな廣い糸を尻から繰り出して、くる/\と蜂をまはし/\眞白に卷いてしまふ。熊蜂を放りあげると、引つかかつた糸を切り放して蜂を落してよこすし、でなければ蜂の羽や脚には蜘の巣にへばりつかぬ作用でもあるかして、網のはしまで歩いて來てひとりで離れてしまふ。さいかち蟲やかぶと蟲でさへ、どうかかうか喰つて角や羽だけ下へ落すけれど、蜂には先天的にまゐつてゐるらしい。蜂の方でも隨分遠くまで尺とり蟲を探して歩くのを見かけるが、蜘の巣だけはなるたけ避けて通るかに見える。
ただ一種蜂の中のべつ甲蜂だけは蜘を捕る。
ある日の事だ、私は裏庭の日ざしを戀ふて離れの縁に坐つて、見るともなしに榧の木末を仰ぐと、おいらん蜘が中天にかかつてゐる。日ざしのせゐで網は見えない。榧の木の洞に寄生した棕梠は枯れたか知らと見當をつけて探すあたりに、一匹のべつ甲蜂がひよつくり飛んでゐる。と小石のやうに、一直線においらん蜘の網のあたりに、突きあたる。忽ち網にひつかかつた。と見るが早いか蜘は電光の如く蜂に飛びついた。蜘と蜂は一かたまりになつて、私のぢき手前三尺とも隔たらぬ
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横瀬 夜雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング