地上に落ちて、ぢき放れた。蜘は動かない。蜂は最初蜘の周りを這ひ廻つてゐたが、やがて蜘をかかへて二三寸飛び上つたまま、庭の上をぶん/\めぐり初めた。
 暫くさうしてゐたが、牡丹の根方のくろぼくの上へ止つて蜘をおろした。蜘は死んだやうに身じろきもしない。
 蜂はくろぼくの日あたりのいい陰へ下りて口で土を掘ぢくり出した。少しづつ、少しづつ口で掻き/\土を退《の》けはじめた。
 私はぢつと見てゐた。蜘は脚を張つたなりやはり動かなかつた。蜂はだん/\と小さな穴をこしらへて、いつか逆立になつて、からだを半分土の中にかくして、せつ/\と動いてゐる。凡三十分はたつたらう。蜂はからだごと土の中へ這入つて、頭だけ出しては土をくはへ出し、飛び上つては土を運び出して、人間の人さし指位はかくせさうな穴を掘りあげた。
 穴が出來ると、蜂はくろぼくの上へ置いた蜘をかかへて、またはひつて行つた。
 ぢき出て來た。蜘を穴の中へかくして來た。出て來ると、穴のふちをぐる/\歩いて今度は土をかぶせ出した。一しきりかぶせ終ると、自分の尾端で、はた/\と穴の上を叩いて固めて行つた。
 蜂の作業は終つた。蜂は疲れた容子もなく羽や脚をこすつて泥をすつかり落してからすうつと飛び去つた。
 それから何日たつても蜂は來なかつた。

[#ここから4字下げ]
蜘のいのちの
  はかなさ
軒の褄なるや赤樫の樫の枝から
人の首
締むれば締まる糸かけて
だいきち[#「だいきち」に傍点]がな けら[#「けら」に傍点]がな
かからば喰はんと待ちけるが

蜘のいのちの
  はかなさ
落葉のかさと鳴りてさへ
白き目を疲らすに
蝶も久しく飛ばねば
はらはへりにけり

蜘のいのちの
  はかなさ
さても生きつつ
飛んで來てかかつた
べつ甲蜂を捕へよと
糸は繰る繰る蜂と共に
はたと音して落ちにけり

蜘のいのちの
  はかなさ
夢の寢ざめの風の音
驚く夜もなき土室《つちむろ》に
蜂の仔《こ》のかへるまで
眠る日月の長からず
[#ここで字下げ終わり]



底本:「雪あかり」書物展望社
   1934(昭和9)年6月27日上梓
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2003年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあた
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横瀬 夜雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング