ごぜん」に傍点]なんておかしい。ごはん[#「ごはん」に傍点]と云いなされ!」清三はその言葉をきゝつけて、妻のいないところで云いきかした。
「そうけえ。」
 しかし、おしかはどうしてもごはん[#「ごはん」に傍点]という言葉が出ず、すぐ田舎で使い馴れた言葉が口に上ってきた。
「おばあさん、もうそんな着物よして、これおめしなさいましな。……おじいさんもふだん着にこれを。」園子はやがて新しく仕立てた木綿入りの結城縞を、老人の前に拡げた。
「まあ、それは、それは。――もうそなにせいでもえいのに。じいさん、えい着物をこしらえてくれたんじゃどよ。」
「ほんとに、これをふだんにお召しなさいましな。」園子は、老人達の田舎縞を知人に見られるのを恥かしがっているのだった。
「どら、どんなんぞい。」園子が去ったあとでじいさんは新しい着物を手に取って見た。「これゃ常着《つねぎ》にゃよすぎるわい。」
「袷じゃせに、これゃ寒いじゃろう。」ばあさんは、布地を二本の指さきでしごいてみた。
 着物は風呂敷に包んだまゝ二三日老人の部屋に出して置かれたが、やがて、ばあさんは行李にしまいこんだ。そして笑われるだろうと云いながら
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