じゃって笑いよるわいの。」
「うら[#「うら」に傍点]のはそれでも買うたんじゃぜ。」じいさんは自分の着物を省みた。それは十五年ばかり前に、村の呉服屋で買った、その当時は相当にいゝ袷柄《あわせがら》だった。しかし、今ではひなびて古くさいものになっていた。ばあさんの手織縞とそう違わないものだった。
「もっとましなやつはないんか?」
「有るもんか、もう十年この方、着物をこしらえたことはないんじゃもの!」ばあさんは行李を開けて見た。
 絹物とてはモリムラ[#「モリムラ」に傍点]と秩父が二三枚あるきりだった。それもひなびた古い柄だった。その外には、つぎのあたった木綿縞や紅木綿の襦袢や、パッチが入っていた。そういうものを着られるだろうと持って来たのだが、嫁に見られると笑われそうな気がして、行李の底深く押しこんでしまった。
 ばあさんは、屋内の掃除から炊事を殆ど一人でやった。園子は朝起ると、食事前に鏡台の前に坐って、白粉をべったり顔にぬった。そして清三の朝飯の給仕をすますと、二階の部屋に引っこもって、のらくら雑誌を見たり、何か書いたりした。が、大抵はぐてぐて寝ていた。そして五時頃、会社が引ける時分に
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