二人で行く方が安気でえいわい。」ある日じいさんはこう云い出した。
「道に迷やせんじゃろうかの。」
「なんぼ広い東京じゃとて問うて行きゃ、どこいじゃって行けんことはないわいや。」
 そして、ある朝早く、両人は出かけた。
「お前等両人でどこへ行けるもんか。」出かけしなに清三は不安らしく止めた。
「いゝや、大事ない、うら[#「うら」に傍点]等二人で行くんじゃ」とじいさんは云った。
「今日行かんとて、いつか俺が連れて行てあげる。」
「いゝや、うら等両人で行こうわ。」
 清三は老父の心持を察して何か気の毒になったらしく、止めさせるような言葉を挟み挟み、浅草へ行く道順を話をし、停留場まで一緒に行って電車にのせてやった。
 じいさんとばあさんとは、大きな建物や沢山の人出や、罪人のような風をした女や、眼がまうように行き来する自動車や電車を見た。しかし、それはちっとも面白くもなければ、いゝこともなかった。田舎の秋のお祭りに、太鼓を舁《かつ》いだり、幟《のぼり》をさしたり、一張羅の着物を着てマチへ出る村の人々は、何等か興味をそゝって話の種になったものだが、東京の街で見るものは彼等にとって全く縁遠いものだった。浅草の観音もさほど有がたいとは思われなかった。せわしく往き来する人や車を両人はぼんやり立って見ていた。頭がぐらぐらして倒れそうな気がした。
「じいさん、うら[#「うら」に傍点]腹が減ったがいの。」と、ばあさんは迷い迷って、人ごみの中をようよう公園の方へぬけて来て云った。
「そんならなんぞ食うか。」
「うら[#「うら」に傍点]あ鮨が食うてみたいんじゃ。」
 両人は鮨屋を探して歩いた。
「ここらの鮨は高いんじゃないかしらん。」ようよう鮨屋を探しあてると両人はのれんをくゞるのをためらった。
「ひょっと銭が足らなんだら困るのう。」
「弁当を持って来たらえいんじゃった。」
「もう、よしにしとこうか。」ばあさんは慾しい鮨もよう食わずに、また人ごみの中をぼそぼそ歩いた。そして公園の隅で「八ツ十銭」の札を立てている焼き饅頭を買って、やっと空腹を医した。
「下駄は足がだるい。」
「やっぱり草履の方がなんぼ歩きえいか知れん。」
 両人はそんな述懐をしながら、またとぼとぼ歩いた。
 帰りには道に迷った。歩きくたびれた上にも歩いてやっと家の方向が分った。
「お帰りなさいまし。」園子が玄関へ出てきた。
 両
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