さに、たび/\こんな話を繰り返えした。天子さんのお通りになる橋とは二重橋のことだった。
「今日、清三が会社から戻ったら連れて行ってくれるように云おういの。」
「うむ。」じいさんは肯いた。
 しかし、清三は日曜日に二度つゞけて差支があった。一度は会社の同僚と、園子も一緒に伴って、飛鳥山へ行った。
「それじゃ花も散ってしまうし、また暑くなって悪いわ。」
と園子は気の毒そうに云った。
「明日でも私御案内しますわ。」
 両人は園子に案内して貰うのだったら全然気がすゝまなかった。どこまでも固辞した。
 清三夫婦が日曜日に出かけると、両人は寛ろいでのびのびと手を長くして寝た。誰れ憚る者がいないのが嬉しかった。
「留守ごとに牡丹餅《ぼたもち》でもこしらえて食うかいの。」とばあさんは云い出した。
「お。」
「毎日米の飯ばかり食うとるとあいてしまう。ちっとなんぞ珍らしい物をこしらえにゃ!」
 けれども米の牡丹餅も、田舎で時たま休み日にこしらえて食ったキビ餅よりもうまくなかった。じいさんは、四ツばかりでもうそれ以上食えなかった。
「もっと食いなされ。」ばあさんは、二ツのお櫃の蓋《ふた》に並べてある餅をすゝめた。
「いゝや。もう食えん。」
「たったそればやこし……こんなに仰山あるのに、またあいらが戻ったら笑うがの。」
「そんなら誰れぞにやれイ。」
「やる云うたって、誰れっちゃ知った者はないし、……これがうち[#「うち」に傍点]じゃったら近所や、イッケシの子供にやるんじゃがのう。」
 ばあさんは田舎のことを思い出しているのだった。うちとは田舎の家のことだった。
「お、やっぱりドン百姓でも生れた村の方がえいわい。」
 夕方、息子夫婦がつれだって帰ってきた。
「お土産。」と園子は紙に包んだ反物をばあさんの前に投げ出した。
「へえエ。」思いがけなしで、何かと、ばあさんは不審そうに嫁の顔を見上げた。
「そんな田舎縞を着ずに、こしらえてあげた着物を着なされ。」と、嫁より少しおくれて二階へ行きながら清三が云った。
 ばあさんは、じいさんの前で包みを開けて見た。両人には派手すぎると思われるような銘仙だった。
「年が寄ってえい着物を着たってどうなりゃ!」両人はあまり有りがたがらなかった。「絹物はすぐに破れてしまう。」

      六

「あれに連れて行《い》て貰うよりゃ、いっそうら[#「うら」に傍点]等
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