防備隊
黒島伝治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)撫順《ぶじゅん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)四十八|粁《キロ》
×:復元された伏せ字
(例)銃剣[#「銃剣」に「×」の傍記]を
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九月二十五日――撫順《ぶじゅん》
今度の事変で、君は、俺の一家がどうなったか、早速手紙を呉れた。今日、拝見した。――心配はご無用だ。別条ない。
俺は、防備隊に引っぱり出された。俺だけじゃない。中学三年の一郎までが引っぱり出された。
乳くさい中学生が、列車からおりてくる支那人に、遊底をガチッ! と鳴らして銃をかまえるのだ。
「大人《タアシン》! 大人!」
支那人は、中学生に向ってさえビクビクしている。
「止まれ!」
生徒は、いかめしげに叫ぶ。
「…………。」
「こらッ! 通行票を出せッ!」
日本人の威張り方は傍若無人だ。この春、三月、君は奉天に来たね。奉天城内の四平街と云えば目抜きの場所だ。君覚えているだろう? 平生《ふだん》は、人間や洋車《ヤンチャ》や馬車が雑沓しているところだ。三階、四階の青や朱で彩色した高楼が並んでいる。それが今はすっかり扉を閉め切って猫の仔一匹いない。一昨日そこへ行ってみた。どの家にも変な日本人が立ち番している。オヤオヤ! と思っていると、どこからか俺に声をかける奴がある。見ると撫順にいたことのあるバクチ打ちの満洲ルンペンじやないか!
「何をやっているんだね? こんなところで?」ときいてみた。
「ここへ留守番に傭われているんでやすよ。一日、十円なんですからね。」
下卑た笑いをやっている。
「そんじゃ、支那人は、危いから逃げだしてしまったんだな?」
「いいえ。」
「じゃ、どうしたんだ!」
「扉は閉めて、皆、奥に蹲《つくば》んでいるんでやす。」
「何だ! じゃ、君は、留守番じゃない門番じゃないか!」
「へへへ、それゃ、そうでやすな。」
よく聞くと、日本人が居さえすれば安全だ。そこで、支那人は、一日十円も出して、わざわざそいつを傭っているんだという。
ところで、俺れの加わった防備隊だ。
何しろ、事件が突発したのが、十八日の午後十時すぎだろう。それから二時間たって、現場から四十八|粁《キロ》距ったここで守備隊の出発防備隊の召集ときているんだ。なかなか順序がよすぎるじゃないか、とても早すぎる
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