発するや、国内は戦争気分に瀰漫《びまん》されるに到った。そして多くの新聞(中央新聞、報知新聞、二六新聞等)雑誌(太陽、国民之友、文芸倶楽部等)に戦争小説、軍事小説なるものが現れた。江見水蔭、小杉天外、泉鏡花、饗庭篁村、村居松葉、戸川残花、須藤南翠、村井弦斎、遅塚麗水、福地桜痴等がその作者だった。今手あたり次第に饗庭篁村の「従軍人夫」(太陽、明治二十八年一月)、江見水蔭の「夏服士官」「雪戦」「病死兵」(中央新聞二十七年十二月─一月)、村井弦斎の「旭日桜」(報知新聞二十八年一月─三月)等を取って見るのに、恐ろしくそらぞらしい空想によってこしらえあげられて、読むに堪えない。従軍紀行文的なもの(遅塚麗水「首陽山一帯の風光」)及び、戦地から帰った者の話を聞いて書いたもの(江見水蔭「夏服士官」)は、まだやゝましだとしなければならぬ。他の小杉天外にしろ松居松葉にしろ、みなその程度のものである。だから、右の諸作家の筆になるものを見ても、日清戦争がどういう風に戦われたか、如何なる戦争であったか、その戦場の迫真力のある描写の一つも、また戦時に於ける国内大衆の生活がどうであったかをも知ることが出来ない。多く
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