のやはり旅順攻囲戦争に取材した「将軍」をよんでみるならば、それはすぐ分る。芥川の用いた探照燈は、「肉弾」に用いられてゐる探照燈とはちがうのだ。だから、そこへは、同じ現実でありながら、全然反対なものが投影している。一方には、従順に、勇敢に、献身的に、一色に塗りつぶされた武者人形。一方には、自意識と神経と血のかよった生きた人間。
 勿論、「将軍」に最も正しく現実が伝えられているか否かは、検討の余地のある問題であるが、こゝには、すくなくとも故意の歪曲と隠蔽はない。将軍も兵卒も、いわゆる「人間」としてとらえられているのである。
「肉弾」が過去に於て、一千版以上を重ねたと云われる程、多く読まれたとするならば(こゝでは、その大衆的影響を考慮に入れて、わざ/\文学的研究の対象として取上げたのであるが)それは、現実が正確に反映していたからではなく、むしろ反対に、一色に塗りつぶされた勇敢と献身と熱烈な武者振りが、支配階級が必要とした愛国主義と軍国主義の鼓吹に大いに役立ったがためだろう。軍隊では「肉弾」を一冊ずつ兵卒に買わせて読ませた例を知っている。そして、広く行き渡ったにもかゝわらず、いまだ文学的批判の
前へ 次へ
全26ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング