名勝地帯
黒島伝治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)笊《ざる》あみ
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 そこは、南に富士山を背負い、北に湖水をひかえた名勝地帯だった。海抜、二千六百尺。湖の中に島があった。
 見物客が、ドライブしてやって来る。何とか男爵別荘、何々の宮家別邸、缶詰に石ころを入れた有名な奴の別荘などが湖畔に建っていた。
 小川米吉は、そこへ便所を建てた。便所は屋根が板屋根で新しかった。「駐在所の且那が、おめえに、一寸、来いってよオ。」女房が、笹を伐りに行っていた米吉に帰ると云った。
「何用だい?」
「届けずに、こいつを建てたのが、いけねえんだってよオ。罰金を取るちゅうだぞ。」
「何ぬかしヤがんだい! 便所なしに、一体、野グソばっかし、たれられるかい!」
 米吉は、三反歩の小作と、笊《ざる》あみの副業で食っている。――そこは森林が多かった。御料林だった。御料林でなければ、県有林だった。農民は、一本の樹も、一本の枝も伐ることが出来なかった。同時に、そこは禁猟区だった。畠の岸で見つけた雲雀の卵を取って、罰金と仕末書を取られた者がある。農民たちは、それでも、名勝地帯だというん
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