病室へ這入ってきたことがある。慰問袋には一ツ/\何か異ったものが入れてあった。寒いところで着るための真綿がある。石鹸、手拭、カキモチが這入っている。高野山の絵葉書に十銭札を挟んである。……それが悉く内地の匂いに満ちていた。手拭には、どっかの村の肥料問屋のシルシが染めこまれてある。しかし、それはシベリヤで楽しむ内地の匂いにすぎなかった。戦友は、這入ってきた看護長を見ると、いきなり、その慰問袋から興味をなげ棄てた。
「看護長殿、福地、なんぼ恩給がつきます?」
 栗本には思いがけないことだった。彼は開けさしの袋をベッドにおいたまゝボンやりしていた。
「お前階級は何だい?」
 恩給がほしさに、すべてを軍隊で忍耐している。そんな看護長だった。恩給のことなら百科辞典以上に知りぬいていた。
「一等卒。」
「ま、五項症に相当するとして……増加がついて二百二十円か。」
 足のさきから腰まで樋のような副木《ふくぼく》にからみつけられている、多分その片脚は切断しなければなるまい、それが福地だった。大腿の貫通銃創だ。
「看護長殿、大西、なんぼ貰えます?」
「踵を一寸やられた位で呉れるもんか。」
「貰わにゃ引き
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