されると感じて、
「私は、いつ、再び弾丸が降って来る下へ追いやられるような悪いことをしたんです!」
 と、子供らしい眼で訴えた。そして、そこら中を見まわした。軍医の表情には冷たい、固いものがあるばかりだった。
 その少年は、もう一度、上唇のさきが無くなった口を哀れげに拡げた、
「こんなにおとなしい無抵抗な者を殺してもいゝんですか!」と云うような眼をした。
「この眼に負けちゃいかん!」軍医は自分を鞭打った。
 耳朶《みゝたぶ》のちぎれかけた男も、踵をそがれた男も、腰に弾丸のはまった男も、上膊骨を折った男も、それ/″\、憐れみと、懇願の混合した眼ざしを持って弱々しげに這入ったきた。内地へ帰りたい慾求は誰れにも強かった。
「どいつも、こいつも、病気を誇張してやがるぞ!」軍医は考えた。
 栗本も同様に、憐れみを乞い求める眼と、弱々しげな恰好をして、軍医の前へやって行った。彼は、シベリアに残されるのだったら軍医の前にへたばろうと考えた位いだ。
「どうだな?」
「傷の下になんかこりのようなものが出来とるんですが。」
「手を伸ばせるかい?」
「いゝえ、まだ伸びません。」
「これを握ってごらん。」
 
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