ふやしておかなければならなかった。セミヤノフカへ一個隊行かなければならなことは、こゝで大きな打撃だった。
 聯隊の二階では、長靴に拍車をつけたエライ人が、その拍車をがち/\鳴らしながら、片隅の一室に集って何か小声で話し合った。それから伝令が走らされたのだった。……
 大西も、栗本も、腰に弾丸がはまった初田も週番上等兵につれられておりてきた。
「こんなに、さわったらころびそうな連中を引っぱり出して鉄砲をかつがせるって法があるかい!」その群《むれ》の一人が云った。
「数が足らんのだよ。」
「足らんだって、病人を使う法があるか!」
 彼等の胸は、強暴な思想と感情でいっぱいだった。
 彼等は、橇から引っかえした日に、一人一人、軍医の診断を受けた。それが最後の試験だった。それによって、内地へ帰れるか、再び銃をかついで雪の中へ行かなければならないか、いずれかに決定されるのだった。
 病気を癒すことにかけては薮医者でも、上官の云ったことは最善を尽くして実行する、上には逆わない、そういう者の方が昇級は早い。軍医は、その軍隊のコツを十分呑みこんでいた。兵タイを内地へ帰えすと約束して、まだその舌の端が乾か
前へ 次へ
全44ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング