んだ敷布と病衣は、身体に纒われて出来た小皺と、垢や脂肪《あぶら》で、他人が着よごしたもののようにきたなかった。
「あゝ、あゝ、まるで売り切りの牛か馬のようだ。好きなまゝにせられるんだ!」
彼等は、すっかりおさらばを告げて出て行った筈のベッドへまた逆戻りした。大西は、いつもの元気に似ず、がっかりして、ベッドに長くなった。
「ほんまに家《うち》まで去んでみにゃ、どんなになるか分りゃせん。」
あの封筒に這入ったもの一ツが、梶を反対の方向にねじ向けてしまった。彼等はそれを感じていた。梶は、又、弾丸が降ってくる方へ向けられた。アルファベットを操る間絶えず胸に描いていた美しい、魅力のある内地が、あの封筒一ツに覆がえされてしまった。
栗本は、ベッドに腰かけて、心の動揺と戦った。茅葺きの家も、囲炉裏も、地酒も、髯みしゃの親爺も、おふくろも――それらは安らかさと、輝かしさに満ちている――すべてが自分から背を向けて遠くへ飛び去ってしまった。内地へ帰りたさに、どれだけ目に見えぬ心を使ったか! 一寸した将校のしわざが、俺等に祟って来るのだ! 下らんことのために、こゝに居る者の願望が根こそぎ掘り取られてし
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