喧嘩腰にしていた。栗本は田口がやって来そうにないのを見て、橇からおりて雪の中の馬の頭のさきを廻って行った。
「俺《お》ら、今日帰るんだ。」彼は、帰れることに嬉しさを感じながら、「みんなによろしく云って呉れ。」
田口は、何か訳の分らないことを呟いて、当惑そうな色を浮べた。そして、こゝから又セミヤノフカへ一個大隊分遺される、兵士が足らなくて困っている、それに関する訓令を持って来た、と云った。一個大隊分遣される、それゃ、内地へ帰る傷病者の知ったことじゃない。が、田口のなんか事ありげな気配で栗本は直ぐ不安にされた。
「また突発事件でもあったんか?」
田口は、今、こゝへ来しなにメリケン兵の警戒隊に喧嘩を吹っかけられた、と告げた。二三日前、将校が軍刀を抜いたのがもとで、両方が、いがみ合っている。メリケン兵とも衝突するかもしれない。
そこへ軍医が出て来た。あとから、看護長がついてきた。その顔に一種の物々しさがあった。
「みんな一っぺん病室へ引っかえすんだ。」
軍医の声は、看護長の物々しさに似ず、悄然としていた。
負傷者は、一寸見当がつかなかった。なんでもないことのようであもあり、又、非常な
前へ
次へ
全44ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング