から負傷者が乗りこむのを見ていた看護長は、
「何だ? 何だ?」
 と、息せき/\這入ってきた聯隊の伝令に云った。
「これであります。」
 伝令は封筒を出した。
「どれ?」
 看護長は右の手袋をぬいで、よほどそこで開けて見たそうに封を切りに二本の指を持って行ったが、何か思いかえして、廊下を奥へ早足に這入って行った。
 伝令は嵩《かさ》ばった防寒具で分らなかったが、二度見かえすと、栗本と同じ中隊の一等卒だった。毛の房々しい帽子をぬいで手のひらで額の汗を拭いていた。栗本とは入営当座、同じ班の同じ分舎にいた。巻脚絆を巻くのがおそく、整列におくれて、たび/\一緒に聯隊本部一週の早駈けをやらされたものだ。
「おい、おい!」
 栗本は橇の上から呼びかけた。
 田口は看護長の返事を待ちながら、傷病者がうまく橇に身を合わそうとがた/\やっているのを見ていた。
「おい、おい、田口!……俺だよ。」
 痛くない方の手を振ると、伝令は、よう/\栗本に気がついたらしかった。が二人の間には、膝から下を切断し、おまけに腹膜炎で海豚《ふぐ》のように腹がふくれている患者が担架で運んで来られ、看護卒がそれを橇へ移すのに声を
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