大西と並んでいる、色の白い看護卒が栗本を振りかえった。
「癪に障るからなあ、――一寸ましな娘《パルシニヤ》はみんなモグラの奴が引っかけて行っちまいやがるんだ。」大西は窓から眼をはなさなかった。
「あいつらが偽札《にせさつ》を掴ましてるんが、露助に分らんのかな。」
「俺等にゃ、その掴ます偽札も有りゃしないや。」
「偽札なんど有ったって、俺等は使わんさ。」
 彼等と、アメリカ兵との間には、ロシアの娘に対する魅力の上で、かく段の差があった。彼等は、誰も彼れも、枯枝のように無骨で、話しかけられと、耳の根まで紅くした。彼等には軽蔑しているその偽札もなかった。椅子のある客間に坐りこむ、その礼儀も知らなかった。

      二

 病室には、汚れたキタならしい病衣の兵士たちが、窓の方に頭を向け、白い繃帯を巻いた四肢を毛布からはみ出して、ロシア兵が使っていた鉄のベッドに横たわっていた。凍傷で足の趾《ゆび》が腐って落ちた者がある。上唇を弾丸で横にかすり取られた者がある。頭に十文字に繃帯をして片方のちぎれかけた耳朶《みゝたぼ》をとめている者がある。
 唇をやられた男は、冷えた練乳と、ゆるい七分粥を
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