、アメリカ兵は靴のつまさきに注意を集中して丘を下った。娘の外套は、メリケン兵の膝頭でひら/\ひるがえった。街へあいびきに出かけているのだ。娘は、三カ月ほど、日本兵が手をつけようと骨を折った。それを、あとからきたアメリカ兵に横取りされてしまった。リーザという名だった。
「馭者《イズウオシチイク》!」
「馭者《イズウオシチイク》!」
麓の方で、なお、辻待の橇を呼ぶロシア語が繰りかえされた。
凍った空気を呼吸するたびに、鼻に疼痛を感じながら栗本は、三和土《たゝき》にきしる病室の扉《ドア》の前にきた。
扉を押すと、不意に、温かい空気にもつれあって、クレゾールや、膿《うみ》や、便器の臭いが、まだ痛みの去らない鼻に襲いかゝった。
踵を失った大西は、丸くなるほど繃帯を巻きつけた足を腰掛けに投げ出して、二重硝子の窓から丘を下って行くアメリカ兵を見ていた。負傷者らしい疲れと、不潔さがその顔にあった。
「ヘッ、まるでもぐら[#「もぐら」に傍点]が頸を動かしたくても動かせねえというような恰好をせやがって!」
「何だ、君はこっちから見ているんか。」
「メリケンの野郎がやって来たら窓から離れないんだよ。
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