だ!」
 兵士達は、偽札を撒きちらされても、強者には何一ツ抗議さえよくしない日本当局の無気力を憤った。メリケン兵は忌々《いま/\》しく憎かった。彼等は、ひまをぬすんで寝がえりを打った娘のところへのこ/\やって行って偽札を曝露した。
「何故?」
 肌自慢の鼻の高いロシアの娘は反問した。
「じゃ、これと較べて見ろ!」
 1カ月の俸給に受取った五円いくらかのその五円札を出して見せた。
「アメリカ人がどうして、日本の偽札を拵えるの? え、どうして拵えるの?」娘は、紅を塗ったような紅い健康そうな唇を舌でなめながら真顔になった。紅い唇はこっちの肉感を刺戟した。ロシアの娘にはメリケン兵の不正が理解せられないところだった。「これが偽札なら、あんた方がこしらえたんでしょう。そうにきまってる! どうしてアメリカ人に日本の偽札が拵えられるの?」
「馬鹿云え、俺等が俺等の偽札を使うか!」彼等は裏から敵を落すことを知らなかった。
「アメリカ人はずるいんだ。だから弗の偽札は拵えずに、円の偽札を拵えるんだ。ろくな奴じゃない!」
 娘は、十五でもう一人前の女になっていた。脚の丈夫な、かゝとの高い女靴をはいて歩く時の恰
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