営の小豆飯を食い、二年兵になるのを待ち、それから帰休の日を待った者が、今は、幾人骨になっているか知れない。
 ある者は戦場から直ぐ、ある者は繃帯所から、ある者は担架で病院までやってきて、而も、病院の入口で見込がないことを云い渡されて林へ運ばれて行った。中には、まだぬくい血が傷口から流れ出ている者があった。自分たちが、負傷から意識を失った、若し、それをまだ取りかえさないうちに見込がないと云い渡されていたら……。彼等は、それを思うとぞッとした。そういう者がないとは断言出来ないのだ。
「煙が上りだしたぞ。ウェヘヘッヘ。」
 伍長が病的に笑って、湯呑みをチン/\叩きだした。
「やめろ!」
 彼等は、髪や爪が焼ける悪臭を思い浮べた。雪に包まれた江の向うの林に薄い紫色の煙が上りだした。
「誰れやこしだったんだ?」
 腰に弾丸がはまっている初田がきいた。
「六人じゃというこっちゃ。」
「六人?」
 六人の兵士は、みな名前を知っていた。顔を知っていた。一緒に、あの朝、プラットフォームのない停車場から重い背嚢を背負って、やっと列車に這い上がり、イイシへ出かけたのだ。イイシにはメリケン兵がいない。ロシアの娘がまだメリケン兵に穢されていない。それをたのしみにしていた仲間だ。ある時は、赤い貨車の中でストーブを焚き、一緒に顫えながら夜を明かしたこともあった。
 彼等は、誰も、ものを云わなかった。毛布をかむって寝台からペンキの剥《は》げたきたない天井を見た。
 戦死者があると、いつも、もと坊主だった一人の兵卒が誦経《ずきょう》をした。その兵卒は林の中へもやって行った。
 林の中に嗄《しわが》れた誦経の声がひゞき渡ると、薪は点火せられ、戦死者は、煙に化して行くのだった。薪が燃える周囲の雪が少しばかり解けかける。
 自分の意志を苅りこまれ、たゞ一つの殺人器のようにこき使われた彼等は、すべての希望を兵役の義務から解き放された後にかけている。彼等はまだ若いのだ。しかし、そのすべての希望も、あの煙と共に消えなければならない。兵士達には、林の中の火葬の記憶が一番堪えがたかった。
 急ごしらえの坊主の誦経が、いかに声高く樹々の間にひびき渡ろうとも、それによって自ら望まない死者が安らかに成仏しようとは信じられるか! そのあとに、もろい白骨以外何が残るか!
「まだ、俺等は、いゝくじを引きあてたんか!」彼等はまた
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