れない、平たい顔の紅月莪《ホンユエウオ》がびっくりして身を引いた。脚が弱々しく細かった。木箱の中のマッチが、すれて、発火してしまったのだ。紫黒の煙が、六百打詰の木箱から、四方へ、大砲を打ったように、ぱあッとひろがった。煙に取りまかれた紅月莪は、指を焼いたらしかった。
 小山は、骨ばった手を口にあてゝ煙にむせながら、こっちから、じろりと眼をやった。焼いた手を痛そうに、他の手で押えながら顔をあげて、ぐるりをはゞかるように見わたした紅《ホン》は、小山の視線に出会すと、すぐ、まだ煙が出ている木箱の方へ眼を伏せた。
 幹太郎は、小山の下顎骨の落ちこんだ口元が、苦るしげに歪むのを見た。紅《ホン》は、なお気がかりらしく、今度は恐る恐る、上目遣いに職長の方を見た。
 依然として、濛々とゆれている煙に、小山は、なお、胴ぐるみにむせていた。
 幹太郎は事務所の方へ歩いた。

     三

 蒋介石の第二次の北伐と、窮乏した山東兵の乱暴と狼藉が、毎日、巷の空気をかき乱した。
 名をなすために排日宣伝を仕事とする者もあった。何故、排日をやるかときくと、食えないからやるのだ、と答えたりした。
 六カ月も、七カ
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