すとそうだった。――その両親がよくくさされていたことさえ、彼には、今は、なつかしいものに思いかえされた。
 すゞは、口に出して云いはしなかったが、こんな彼の心持を諒解していた。彼女は、そのために、嫂にもう一度もとへ戻って貰うのではなく、兄をえらく[#「えらく」に傍点]して、「これ見たか!」と、とし子を見かえしてやりたい、そんな気持を抱いていた。彼女が親爺の嫌な仕事を懸命で助けるのも、そんなところからきていた。その心持が、又、幹太郎に分った。彼は、自分は、所謂、えらくなりたい希望など全然持たないことを妹に納得させる必要があると考えた。殊に、ヘロインを売って、無茶な金を取ろうなどとは思ってもいないことを示す必要があると考えた。
 だが、二人の兄妹の気持は、不幸に際してよく起るように、しっくりと一つに合っていた。すゞは二十だった。そして妹の俊は十七だった。俊は、まだ、汚いものが美しく見える、なんでもないことが面白、おかしくってたまらない――そんな年頃だった。二人とも、その体内には、健康で清純な血液の循環を妨げる一つの病菌も、一ツの傷もないように見えた。
 着物の着かたや、髪の結び方や、断片的
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