てしまっていた。巡警は、二度の要求が満たされると、掴み上げた乳鉢を、またもとへ戻した。そして「シェ、シェ」と帰って行った。
 竹三郎は胸をなでおろした。
 この日から彼は、たび/\、味をしめた巡警等に襲われるようになった。少しずつ買いに来るヘロ※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]者からかき集めた金は、右から左へ巡警が持ち去った。
 彼の顔色は、薬のために、ますます失われだした。手足の顫えは一層ひどく、はげしくなった。もう全然※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]者となり了ってしまった。一日でも、ヘロインがなければ、彼は、時を過すことが出来なかった。

     一一

 戦争について、不安な風説が、だんだん拡まって来た。
 退却をつづけた張宗昌は、孫伝芳の部隊と協力して蒋介石にあたった。
 どの兵営からも殆んど全部の部隊が戦線へ出はらってしまった。留守の兵営は、僅かな兵士に依って守られていた。
 青黒い兵営から、布団や、床篦子《チャペイズ》や、弾丸が持ち出された。そして、街で、金に換えられた。ホヤのすすけた豆ランプも、卓子《チオズ》も、街へ持ち出された。
 留
前へ 次へ
全246ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング