っても、外国人は、自分の国の領事館で裁判を受けるだけだった。ボーイが断罪となっても、主人は、自国人同志が、同胞愛で、罰金か、拘留か、説諭くらいですんじまう。中国人が、治外法権、領事裁判の撤廃を絶叫するのは、こんなところから原因していた。
 女と百姓を取りまいている群集は、中津に注意された兵士達に依って追っぱらわれてしまった。女は、墓地へかつがれて行く夫の屍体のあとにつづいた。彼女は、三番目の俥に積んできた棺に、夫の屍体をおさめることを頼んだが、地方《ティファン》に容れられなかった。
「さあ、発車だ! 発車だ! おそくなっちゃった。」
 見物にまぎれこんでいた機関手は、その時、ほっと吐息をするように、彼を待っている汽車の方へ馳[#「馳」はママ]け出した。発車時刻は、もう一時間もすぎていた。

     一〇

 領事館と支那官憲の疑問の眼が竹三郎の身辺に光っていた。
 銃を持ち、剣をさげた第七区警察署の巡警は、歩哨のように、アカシヤの並木道の辻に立って、彼の裏門に出入する人間を見張っていた。夜間の、闇にまぎれて、こっそりと麻酔薬を買いに来る人間を見張っているのだ。
 ふと、俊は、それに注
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