そして、山崎と並んで、も一人、額の禿げた大柄な顔が、一寸彼を見てほゝえみかけた。やはり日本人だった。中津である。
「君、どっかへ行くんかね?」
 取り落して人波に踏みつぶされないように、一心に、ひん握っている幹太郎の手鞄を群集の動揺の間隙に眼ざとく認めて山崎は訊ねた。
 幹太郎はわけを話した。
 中津は、傍で話をきゝながら彼を見て、好意をよせるような、又、あざ笑うような、複雑な微笑をした。これは、この地方の邦人達を慄え上らしているゴロツキの馬賊上りだった。張宗昌の軍事顧問だ。
「ふむ。ふむ。」山崎はうなずいた。「俺れも今、二人で青島へ出むこうとするところだよ。君は、どんな用事だね?……ふむふむ……そいつは、妹さんが税関で引っかゝるなんて、まのぬけたことをやったもんだね。ふむ、ふむ。」
「支配人がやる商売ならどんなに大げさにやらかしたって、一向、見て見ぬ振りをしとくって云うんだが、親爺のようなぴい/\のするこたア、いけねえって云うんですよ。」
「そう、すねなくたっていゝさ。……それで君は妹さんを貰い受けに行こうとしているんだね?」
「そうですよ。」
「俺等が向うへ行ったついでに、早速貰い
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