われて来た。いつも、せいの低い、支那馬にまたがり、靴を地上にひきずりそうにして、あぶない第一線ばかりに立たせられた。ある者は、戦線で、弾丸にあたって斃《たお》れてしまった。ある者は、びっこになり、片目になり、腕をなくして追っぱらわれた。ある者は、支那人の大蒜《にんにく》の匂いに愛想をつかして逃亡した。仲の悪い支那兵と大喧嘩をした。
 彼等が戦線からロシヤバーに帰って来る時、皮下の肉体にまで、なまぐさい血と煙硝の匂いがしみこんでいた。
「畜生! 女郎屋のお上《かみ》に、唇を喰いちぎられそこなった張宗昌が何だい! 妾ばっかし二十七人も持ってやがって!……かまうもんか。ひっぱたいてやれ!」
 白露兵は、なお嬉しげに上を向いて笑った。
 彼等の眼のさきの、マッチ工場のトタン塀に添うて、並んでいるアカシヤは、初々《ういうい》しい春の芽を吹きかけていた。
 そのなお上には、街の空を、小さい烏が横腹に夕陽を浴びて、嬉しげに群れとんでいた。

     二

 工場は、塵埃と、硫黄と、燐、松脂《まつやに》などの焦げる匂いに白紫ずんでいぶっていた。
 少年工と少女工が、作業台に並んで、手品師の如く素早く
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