てに失敗しても、彼は内地へは帰れなかった。彼は内地を追われて来たのだ。
いくらでも、めちゃくちゃに金の儲かるボロイ商売のように云われている薬屋でも、やって見れば、やはり、苦労と、骨折がかゝるものだった。
「畜生! 今度は、俺がためしに吸うて見てやる。それくらいなことやらなけゃ、商売はどうしたって、うまくは行かんのだ。」
こんなことを云っていた時には、まだ薬の恐ろしさは、彼にも、妻にも分っていなかった。
「阿呆云わんすな。――中毒したらどうするんじゃ。」――お仙も笑っていた。
「そんな呑気なことを云っちゃいられないぞ。どうしたって俺は、日本へは帰れないんだ!」彼は品物がだんだんに売行きがよくなると、彼の顔色は、古びた梨のように変化した。
麻酔薬は、体内の細胞を侵していた。
彼は、蟻地獄に陥る蟻だった。どんなに、もがいても、あがいても、吸わずにいられなくなっていた。
すゞも、俊も、幹太郎も、内地からここへ来て、まる二年ばかりしか経っていなかった。
すゞは、「快上快」の調合から、原料の補給や、時には、それを裏口から、足音をしのばせて、そッと這入ってくる青い顔の支那人に売ることも為
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