な土嚢塁に、はゞまれた細い通りで、一人の支那人をつれた日本人が、着剣の歩哨に咎められていた。
「君は、どうも、日本人ではないらしいぞ。」歩哨は、剣をさしつけた。「あんまり支那語がうますぎるじゃないか。」
「私は、日本人でしゅよ。」
「そうかね?」垢まぶれの歩哨は驚いた。
「本当に、日本人でしゅよ。」
その男は、下の前歯が、すっかり抜け落ちていた。
「そのチャンコロは何だい?」
「こいちゅは、そのう、今朝、工場をぬけだしゅた、不届けな工人でしゅ、今、しょいつを………」歯がないために、ふわ/\して、発音がうまく出なかった。二挺の剣が、胸さきで光っている。小山は汗を拭いた。それがかえって歩哨の疑念を深めるのだった。軍隊というものは、非常に有りがたいものである。が、一ツ間違えば頗る恐怖すべきものである。小山は、慌てゝ、自分が燐寸工場の職長であること、逃亡を企てた工人を捕まえに行ったこと、自分の工場にも兵タイを泊めてやっていることなどを説明した。しどろ、もどろだった。
一方の、しッかりした顔つきの歩哨は、それでは、小哨長のところまで行って呉れ、と通りのさきの狭ッ苦るしい暗い支那家屋につれて行
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