ゴフゴとした支那服を見ると、そのポケットに、ピストルをしのばしている気がして、無気味だった。そして、誰かにすがりつき度いような、あこがれにも似た不安を感じた。
中津は、この家のあっさりとして、華やかな、日本娘の着物や、四国|訛《なまり》のある日本語や、若々しい鶏の胸肉のように軟らかい、ふるいつきたくなる娘の肉体を、視覚で享楽しながら、一家の不安に同感し、心配げな顔をしたり、また、特別、力になってやるようなことを云ったりした。
お仙は、中津が、朝飯を食い、昼飯を食い、晩飯を食い、夜おそくなるまでいて呉れるために、心細い財布をはたいて物惜みをしなかった。
俊は無邪気だった。
すゞは、ほかの第三者に対するように、こだわらない、馴れ/\しい態度で、中津に向おうとすると、気骨が折れた。何故か、顔が紅くほてった。中津が強盗、殺人、強姦などをやってきた、そして多くの人々から、恐るべき蝎として、嫌われ、おっかながられている。にもかゝわらず、実際は、滑稽な、おかしい、快活な微笑の持主であることは、以前と変らなかった。これは、すゞにとって、奇怪で、同時に快よかった。しかし、中津は、やって来ると、玄
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