男けがない。これも昼間はいなかった。これは、彼に、頗る好都合だった。暫らく、前線に出て、すゞを見なかったことは、彼の気持を枯淡にせしめるどころかむしろ、五十の情熱をかり立てるのだった。
 彼の、すゞに対する感情は、老人が、自分の孫にあたるような幼い娘を、老後の断ち切ることの出来ない欲情から愛《め》ずる。――そういう気持になるかと思うと、ええい、恋のへちまのと、上品ぶったまだるッこいことは面倒だ。いっそ、荒療治で、あっさりと無断で失敬して行っちまおうか? その方が面白れえや! と、この二ツの間を、乗合いみたいに往復した。彼は、このブラ/\する自分の感情を噛みしめるのが愉快だった。
 噛みしめて、そのさきをどうするか、それを空想するのが愉快だった。

 中津の、再度の訪問、これは、すゞにも、俊にも、それほど、恐怖を与えなかった。
 市街の、その行きつまったところには、河があった。古代より湧き出ている城内の泉からつゞいているその水は、音をたてなかった。丸腰の支那兵が、河馬の群れのように、その中へ頭を突ッこみ、濁している。
 街の一方は、青鼠の中山服の兵士たちが、蟻のように一面に這いまわってい
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