彼は靴のツマさきで歩きながら、東側のアカシヤのある入口の方へ通りぬけた。と、何か、バラバラと脚にふれるものがあった。見ると、それはビラだった。おやおやと思いながら、もう一度、そこを入念に眺めまわした。同じような恰好に畳まれた外套の畳み目や、毛布や、天幕の間にそれぞれ紙片がはさまれてあった。紙片は畳み目の中にかくれて見えないのもあった。が、また畳み目から舌のようにそのはしが見えているのもある。彼は、その一枚を取って見た。
 それは蝎《さそり》のように怖がられている伝単だった。
「へええ!」厳重極まる警戒線をくぐりぬけて、いつのまにこんな伝単が持ちこまれたか幹太郎には不思議だった。
 伝単には次のようなことが書かれてあった。彼はよんだ。

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 日本人兵士諸君
 日本帝国主義ブルジョアジーハ、諸君ヲシテ、銃ヲ携エ砲ヲ持チ、急速ニ山東ノ地ニ来ラシメタ。而シテ、支那ノ軍事的分割ハ、既ニ始メラレタ。
 諸君ハ、日本居留民ノ生命ヲ保護スルタメニ来タノデアルカ。居留民ノ財産ヲ守ルタメニ来タノデアルカ? 否、断ジテ否! 思イ見ヨ、諸君ハ、現ニ、商埠遙ニ散在シテイル貧窮セル居留民
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