ッくれでも、海を一つ渡って、内地を離れると、非常に近しい親か兄弟のように感じられる。
彼は、居留民保護の名で、盲腸炎の小母を見舞に帰るひまもなくせき立てられて、あわたゞしく、こゝまでやって来た。
しかし、彼とは最もちかしい、市街《まち》の方々に散らばって、細々と暮しを立てゝいる人々や、血縁のつながっている人間を、直接、保護することも、行って見ることも出来なかった。
彼は工場を保護していた。
そのために、汗みどろになって働いた。
汗みどろになって守備作業をつゞけた。
工場の附近は、土塁や、拒馬や、鉄条網で、がんじがらめにかためられていた。実弾をこめた銃を持ち、剣をさげて、彼等は、そこを守った。
それ以外の場所には、守備工事は施《ほどこ》されなかった。柿本は、折角、兵士としてやってきながら、この土塁や、拒馬にかこまれた区域からは、離れることが出来なかった。
居留民は、この守備区域内へやって来いというのだ。
そして、この区域内で保護を受けろというのだ。
では、何のために、彼は、この支那までやってきたのだろう?……
「おい、おい、ここのマッチは、軸木さえありゃ、板をこすって
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