「なに?」
「リンチだ、リンチだよ!」
 于立嶺《ユイリソン》という、肩の怒った、皮肉な顔つきの工人が、二人の把頭の腕の下で、頸をしめられた雄鶏のように、ねじられて、片足は、しきりに空を蹴っていた。
「監督が、爪の裏へ針をつき刺しているんだ。」
 貝形の爪が、指さきの肉と、しっかり膠着《こうちゃく》している。その肉と爪の間へ、木綿針をつきさしている。小指からはじめて、薬指、中指、人さし指に針をつきさゝれていた。二本の手は動かせないように、二人の把頭によって、しっかりと脇の下にからみつけられていた。
 工場の騒音をつんざいて、う――うッと唸る声がする。兵士達は、自分の生爪《なまづめ》をもがれるように身慄いした。
 于立嶺は、平生から社員に睨まれていた。頭のさげッぷりが悪かった。監督や、把頭が何か云っても、ふゝんと、うそぶいている。そんな男だった。それで殊に小山から睨まれていた。
 高取は、蛋粉工場においても、工人達が兵士の威嚇を受けて、すくみ上っているのを知っていた。そこでも社員のリンチが行われた。兵士達はそれを見た。そして、そういう私刑をやるのなら、工場の守備は御免を蒙る、と云い出
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