そら、ほんまに、ぬれマラのようやないか。」
西崎は、話のたがをはずしてしまった。むしゃむしゃと向うの入口の方で、こちらの話には気がつかず、鑵肉をつついている厚唇の衣笠は、本当に、ぬれマラという感じだった。玉田は笑った。西崎の助平は有名なものだった。おかしいヒョウキンな奴だ。
彼は、支那へ来たからには、チャンピーの味をみたいと望んでいた。それは、来る前からの望みだった。作業中にも、纏足の前がみをたらした、褐色や紫の支那服を着た女が通ると、そッとそれをぬすみ見た。手や脚が、とてもきゃしゃ[#「きゃしゃ」に傍点]だった。
工場の函詰の女工にも彼の心はひかれた。
それは、美しくはなかった。ホコリと、煙と、燐に汚れていた。しかし、それは、日本人とは、どこかちがっていた。ちがった何ものかを持っていた。
ちがったものが彼に刺戟となった。
「何かやってるぞ、おい、工場の奴が、何かやってるぞ。」
飯を食って暫らく休んでいた。一人が、削った軸木を乾してある附近の騒ぎに目をとめた。工人が、思いきったいじめ方をされている。
「リンチだ、リンチだ!」
内所《ないしょ》ごとのように柿本が声をひくめた
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