おい、お湯はないんか? お湯はないんか?」
炊事当番はシャツの上に胸掛前垂をあてゝ、テンテコまいをしていた。完全な炊事道具が揃っていない。
「お湯だよ! おい、お湯だよ!」
「お湯どころか、米を洗う水さえなくって困っとるんだ。」「チェッ! 飯がツマってのどを通らねえぞ、おいらをくたばらす気か。」
「くたばらすも、ヘッタくれもあったもんかい!」
「チャンコロは、お湯を売ってるね。薬罐一杯、イガズル――。」
見て来た福井が話をした。
「イガズルって、なんぼだい?」
「そら、支那の一銭銅貨のようなやつ一ツさ、あれがイガズルだ。二厘五毛か、そこらだろう。」
「お湯を売る――けちくさい商売があるもんだなア。」
訓練所出の、上品ぶりたい倉矢が仰山《ぎょうさん》げに笑った。
高取は、一方の壁の傍で苦り切っていた。ボロ/\剥げて落ちるような壁だ。製麺工場の玉田が、何故そんな面をしているのか訊ねた。
「貴様、仕事がツライから癪に障っているんか? 虫食ったような顔をしやがって。」
「そんなこっちゃないよ。あいつらが、仕様がねえ奴等なんだ。あの、衣笠や松下などのゴマすり連中め。」と、高取は、むッつ
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