士は、命令一下、直ちに武器を携えて、戦闘に応じ得る状態の下に置かれた。
 辻々では歩哨が、装テンした銃を持って往き来する支那人を一人一人厳重に誰何《すいか》した。
 僅か、一昼夜半の間に、市街は、すっかりその風ボウをかえてしまった。やにわに、平常着《ふだんぎ》の上へ甲胃をつけたように。
 拒馬は、にょき/\とした二本の角を街路の真中に突ッぱっている。機関銃は、敏感な触角のように、土嚢塁の上に、腕をのばしている。工場も、塀も、社宅も、すべてが、いかめしい棘だらけの鉄によって庇護されている。
 日本軍人の労働能率の高いことに眼を丸くしたのは、支那人だけじゃなかった。兵士達自身が、綿々と連続せる鉄条網と、万里の長城のような土塁を見かえして、われながら、自分の作業の結果にびっくりした。これが、支那兵を撃退するためと、ブルジョアの工場を、かためるために作られたとは云え、自分が拵えた器械を見て嬉しいように、嬉しかった。これが、俺れたちの工場を守るための武装だったらなア!
 司令部の阪西大尉は、土嚢塁の出来上った成績を点検した。敵が押しよせて来る方向を考察した。完全無欠のものからも、なお、アラを探し
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