炊事当番がきめられる。不寝番がきめられる。
「おやッ、俺の上衣を知らねえか?」
 柿本の組で作業していた上川が、猫のようにアカシヤの叉《また》にかけられた他人《ひと》の軍衣をひっくりかえして歩き出した。巡邏隊の一人として呼ばれた男だ。黄土のほこりに襦袢が、カーキ色に変ってしまっていた。アカシヤの枝から、アカシヤの枝を、汚れた汗と土の顔を上にむけて、やけくそにたずねだした。無い。兵士が揃うのを待っている引率の軍曹はさん/″\に毒づいた。
 上川は、一度しらべた他人の被服記号をもう一度、汚れた手でひねくった。
「誰れか俺れのやつを間違って着とるんじゃないんか。」ますますいらいらした。負け惜みを云う。
「どこにぬいだったんだい? ぼんやりすな。」
「どこちゅうことがあるかい。ここだい。」
「ボヤッとしとるからだ。今に生命までがかッぱらわれてしまうぞ。戦地にゃ物に代りはねえんだぞ。」
 つるはしを振るっている連中は、腰が痛くてたまらない。土は深くなれば深くなる程、掘るのは困難だった。中尉や、中隊長や、特曹が作業を見ッぱっている。麻袋につめる連中があとから追ッかける。
「どうしたんですか。何か紛
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