で屑が出来るこた知っとるだろうね?」
「そうでもありませんよ。」
「君の眼に、屑でも屑でないと見えるんならそれでもいゝさ。」
あんまりしつこく支那人の肩を持っていると、邪推されるのは癪だが、小山と一緒になって自分の受持の者を悪く云うのは、なお更、自分が許さなかった。軸列と、浸点と、乾燥室は幹太郎の受持になっていた。
「あんな奴を放って置いちゃ、北伐軍でもやって来た日にゃ、手がつけられなくなっちまうんだ!」
小山は傷つけられたものを鼻のさきに出して鳴らした。
小山がむきになると、幹太郎は、ワザと、于の尻を押してみたい気持を感じるのだった。小山は、下顎骨が燐の毒で腐り、その上、胸を侵され、胴で咳をしていた。于は、人を小馬鹿にしたような、フーンと小鼻を突き出したりする支那人ではあった。
彼等は歩いた。
「※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]呀《アイヤ》!」
その時、小函を一|打《ダース》ずつ紙に包み、更に大きい木箱に詰めている包装で、ふいに、シユーッシユーッと空気を斬る音響が起った。
仲間の工人から、工場での美人とされている、しかし、日本人が見ると、どうしても美しいとは思われない、平たい顔の紅月莪《ホンユエウオ》がびっくりして身を引いた。脚が弱々しく細かった。木箱の中のマッチが、すれて、発火してしまったのだ。紫黒の煙が、六百打詰の木箱から、四方へ、大砲を打ったように、ぱあッとひろがった。煙に取りまかれた紅月莪は、指を焼いたらしかった。
小山は、骨ばった手を口にあてゝ煙にむせながら、こっちから、じろりと眼をやった。焼いた手を痛そうに、他の手で押えながら顔をあげて、ぐるりをはゞかるように見わたした紅《ホン》は、小山の視線に出会すと、すぐ、まだ煙が出ている木箱の方へ眼を伏せた。
幹太郎は、小山の下顎骨の落ちこんだ口元が、苦るしげに歪むのを見た。紅《ホン》は、なお気がかりらしく、今度は恐る恐る、上目遣いに職長の方を見た。
依然として、濛々とゆれている煙に、小山は、なお、胴ぐるみにむせていた。
幹太郎は事務所の方へ歩いた。
三
蒋介石の第二次の北伐と、窮乏した山東兵の乱暴と狼藉が、毎日、巷の空気をかき乱した。
名をなすために排日宣伝を仕事とする者もあった。何故、排日をやるかときくと、食えないからやるのだ、と答えたりした。
六カ月も、七カ月も、一元の給料さえ、兵卒に支払わない、その督弁《トバン》の張宗昌は、城門附近で、自動車から、あわれげな乞食の親子を見て、扈従《こしょう》に、三百元を放ってやらした。張という男は、こんな気まぐれな男だった。
「鬼の眼に涙だ!」
支那人達も、張宗昌をボロくそに、くさした。
街の空気は、工場の工人達に、ひゞいてこずにはいなかった。
あてがわれる機密費を、自分の貯金として、支那にいる間に、一と財産作って帰る腹の山崎は、M製粉や、日華|蛋粉《たんぷん》、K紡績、福隆|火柴公司《ホサイコンス》などを順ぐりに、めぐり歩いていた。
金を出して、支那人から、あんまりあてにならない情報を一ツ/\買いとるよりは、実業協会の情報を、そのまゝ貰って、それで、報告のまに合わせる方が気がきいている。山崎は、それをやっていた。そして、あてがわれる金は、自分の懐へ取りこんだ。
彼のポケットには、福隆火柴公司の社員の名刺がはいっていた。日華蛋粉の外交員の名刺も這入っていた。勿論、燐火の注文を取って来た、ためしもなく、用材の買い出しに行ったこともなかった。
工場の出入口まで来ると彼は、そこで煙と塵埃と、不潔な工人や、鼻をもぎあげる硫黄の臭気に、爪を長くのばした手を鼻のさきにあてゝたじろいだ。今、ロシヤ兵と、別れて来たばかりだ。
彼は話しも、顔の恰好も、歩きっ振りも、支那人と全く変らないのを自慢にしていた。手洟《てばな》をかんで、指についた洟《はな》をそこらへなすりつけるのは平気になっていた。上に臍のついた黒い縁なし帽子をかむり、服も、靴も、支那人のものを着けている。爪を長くのばしているのも、支那人の趣味を真似たのだ。たゞ、一ツ、彼の気づかない欠点は、白眼と黒眼のさかいがはっきりしすぎている尖った眼だ。これだけは、職業と人種とをどうしても胡麻化すことが出来なかった。どんよりと濁っている支那人とは違っていた。裏から裏をこそ/\とつゝいて歩く職業は、ひとりでに形となって外部に現れた。
うぬぼれやの山崎は、自分の欠点を知らなかった。それについて面白い話がある。が、丁度、彼が作業場の入口へやってくると、そこへ幹太郎が、鼻のさきへ黄色いゴミをたまらして内部から出て来た。幹太郎は急ににこ/\笑って何か云った。
「何だね?」と山崎はきいた。
「とても面白い種ですよ。」
「何だね?」
「すぐ云いますがね
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