頭付軸木を黄色の小函に詰めている「函詰」では、牛を追う舌打ちのように気ぜわしい音響が絶えず連続して起っている。全く歯の根がゆるむような気ぜわしさだった。
乾燥室から運ばれる頭付軸木を手ごころで一定の分量だけ掴んで小函の抽斗《ひきだし》に詰め、レッテルを貼った外函にさす、それを、手を打ち合わす、拍手のような動作のように、一瞬に一箇ずつ、チャッ、チャッとやってのけた。七つか八つの遊びざかりの少年や少女も営々と気ばっている。
支那人は、小さい子供は籠に担い、少しおおきいのは、歩かして、街へ子供を売りにくる。それを七元か、十元で買い取った者が半分まじっていた。幼年工もあった。おさなくって、せいがひくいので、その子供達は、ほかの男女工達と同列の椅子に腰かけては、作業台に手が届かなかった。床に盆を置いて貰って、その上へ小さな机子《ウーズ》(腰かけ)を置き、そこへ腰かけて、小《ち》ッちゃい、可愛らしい手で、ツメこんでいた。
彼等は、みな、灰黄色の、土のような顔になっていた。燐寸の自然発火と、外函の両側に膠着された硝子粉のため、焼き爛《ただ》らした指頭には、黒い垢じみた繃帯を巻いていた。
作業にかゝると休憩まで、彼女達と彼等は、用事上で喋ることも、雑談することも禁じられていた。彼等は、六時間を、たゞ、唖の小ロボットのように、手を動かすばかりで過すのだった。
時々シュッといったり、シャッといったりする。黄燐マッチが、自然と摩擦して一刹那に発火する音響だ。その時、子供達は、指を焼くのだった。同時に、よごれた彼等は、ユラ/\と立上る薄紫の煙に姿がボカされた。
一人として、一言も発する者がなかった。が、そこには、騒々しい雑音と、軋音《あつおん》が、気狂いのように溢れていた。
幹太郎は、そこの工場をぐる/\まわり歩いていた。
彼も、鞭と拳銃を持っていゝことになっていた。彼の下には、支那人の把頭《バトウ》がついていた。把頭も木の棒を持っていた。その木の棒は、相手かまわず、ブン殴っても、軟らかい手や脚を叩き折ってもかまわないことになっていた。しかし、日本人と把頭の前では、ちり/\して勤勉振りを示そうとつとめる工人達には棒も拳銃も更に必要がなかった。
彼は今年二十五歳の青年だった。ひどく気むずかしやで、支那人をよりよく働かせることが嫌いなような、監督振りがまずい、理窟ッぽい男だった。
塵埃と共に黄燐を含んだ有毒瓦斯は、少年達へと同様に、彼の肺臓へも、どん/\侵入して来た。
――君は、一体、支那人かね。それとも日本人かね? 最近、瑞典《スエーデン》マッチの圧迫を受けてぷり/\している不機嫌な支配人は、彼がむしろ支那人に肩を持つ癖があるのを責めて、皮肉な辛辣な眼つきをした。
幹太郎は、親爺が、とうとうヘロ※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]《いん》者となってしまった。それと、これを思い合わして淋しげな顔をした。日本人はヘロを売ってもかまわない。しかし、支那人の如くヘロを吸ってはいけない。そのヘロを親爺は、支那人の如く吸飲した。支那人の如く※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]者となってしまった。
「俺れらは、日本人仲間からも嫌われているんだ、どうも、追ッつけ、俺れも、この工場からお払箱か……」
実際、幹太郎は、すれッからしの日本人よりも、支那人に対して親しみが持てた。又、工人達も、彼に対して、ほかの小山や守田に対するよりも、親しく、ざっくばらんであるように見えた。
「お前あといくつだい?」
軸削機をがちゃ/\ならして、木枠に軸木を並べている房鴻吉《ファンホウチ》に、彼は、なでるように笑ってみせた。房《ファン》の頭は、ホコリで白くなっていた。平べったい鼻の下には、よごれた大きい黄色い歯が、にやりとしていた。
「あといくつだい?」
「三ツ、三ツ」房は、あたふたと答えた。枠台車《わくだいしゃ》に三台のことだ。
「早くやれ。」
「すぐ、すぐ。」
房は小さい軸木を林のように一面に植えつけた木枠に止め金をあてがった。ピシン/\とつまった音がした。
幹太郎は、そこから、浸点作業へ通り抜けた。焼くような甘味のある燐の匂いが、硫黄や、松脂ともつれあって、鼻をくん/\さした。
開け放された裏の出入口からは、機械鋸と軸素地剥機《じくそちはくき》が、歯を削るように、ギリ/\唸っていた。生の軸木を掌《て》にとってしらべていた小山は、唾を吐くように、叺《かます》にポイと投げて汚れた廊下をかえってきた。
「君、于《ユイ》の奴をどう思うね?」
幹太郎の受持の、常から頭の下げっ振りが悪い変骨の于立嶺《ユイリソン》を指しているのは分っていた。
「どうも思いません。」
「あいつの仕事は、いつもおおばち[#「おおばち」に傍点]だから、浸点
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