? ええ? 一体、どういうことを考えだしているんだい?」
「自分達が苦るしめられるために、働いてやりたくはないんであります。」
「ふむ、――苦るしめられたくはないと云うんだな。(わざと相手の言葉をごま化した。)……それなら命令をよく聞け! 命令をききさえすればいゝんだ。」
「……。」
 重藤は、それ以上、突ッこまなかった。大胆不敵な彼も、多数の前には恐怖した。彼は、兵士たちの顔色を見い見い、言葉を切った。しかし兵卒を扱って来た経験から、自分の云った命令が、実行されないかも知れないという疑念を、絶対に素振りに出してはいけない。自分の命令は、必ず、確実に実行されるものだ。と、信じ切っている。そう兵卒に見せる。それが必要であるのを心得ていた。そして、その態度を取った。高取の態度は、決して、彼に満足を与えるどころじゃなかった。しかし、彼は、これで、注意はすんだというように、身体のこなしを一新して、整列した兵卒にむかった。

     三一

 兵士は藁人形のようにバタバタと倒れた。
 方振武は頑強に、城内に踏み止まっていた。
 どんな妨害に抗しても、天津、北京へ、攻めのぼらずには置かない意気を示した。城門はかたく、なかなか破ることが出来なかった。城壁が厚かった。青天白日旗は、いつまでも元気よく、その中に翻っていた。弱くない。武器も新しい。
 蒋介石は、日本のどんな要求でも容れるから、たゞ、ここを通過して、天津、北京を攻撃することをゆるせ! と提議した。それが、いれられなかった。司令官は、満洲が脅かされることを知っていた。そこで、支那兵は意地になった。
 ほかの部隊が各々、西北角や、泰安門や、新建門を占領して行くに従って、柿本の部隊の幹部は、やっきになって自分の持場を攻めあせった。バタバタ倒れる者が多くなる。幹部の功名心と競争心は兵士に重量がのしかゝるように出来ていた。柿本らにも、それが眼に見えて分った。巻脚絆を解くひまもない。へと/\になった。つらくッてたまらない。鉄砲の照準をきめながら、フラ/\ッと居眠りをしたりした。
 戦友が、どこで、どうしているか分からないまでに、ごたごたに入り乱れた。市街は、焼火箸が降るような暑さだ。
 アカシヤの青葉が黄風《ホワンフォン》に吹きちぎられ、土煙にまじって、目つぶしのように街を飛んだ。その晩、青鼠服は、射撃を中止した。兵士たちは、工場へかえって脚をのばした。午前二時頃、彼らは、恐ろしい夢にうなされた。宿舎の二百人ばかりのつわもの[#「つわもの」に傍点]が、同時に、息の根をとめられ、うーッと唸って、現《うつゝ》で立ちあがった。苦るしまぎれに、両手でむちゃくちゃに空気を引ッかいた。
 これは、内地で、早足行進に、どうしてもすね[#「すね」に傍点]が伸びない初年兵が、教官にボロクソにこづきまわされて、古いお城の松の枝で頸を吊って死んだ、その晩にうなされたのと同じ現象だった。その時にも、中隊全部が、息の根をとめられた。唸った。そして同時に眼がさめた。何と説明していゝか分からない。
「これは、何か不吉なことが起っているぞ。」
「俺れゃ、自分がしめ殺されたと思うた。……つらくッて、どうしても息が出来なかった。」
「誰れかゞ、現に、やられている! 無理、無法にやられている!」
 正気づくと、彼等は云った。
「高取はいるか? 高取! 高取はいるか? どうも、俺れには、高取が、誰れかと一緒に眼のさきへやって来たような気がしてならん!」
 柿本が、まだ、幻影を見ているような顔をして云った。
 冷やッと、身が深い底へ引きずりこまれる感じがした。
 翌朝、高取と、那須と、岡本と、松下、玉田が帰っていないことが分った。誰れしも、不思議がりながら、口に出しては、何も云わなかった。眼と眼でものを云った。木谷と柿本が、病院の負傷者と屍室の屍体をしらべた。いない。夕方になった。まだ帰らない。翌々朝になった。まだ帰らない。交代した歩哨は、寝不足と夜露で蒼くなって、宿舎へ這入ってきた。消息がない。
 高取らの指揮者の、重藤中尉は、ひひ[#「ひひ」に傍点]猿に頬ッぺたをなめられたような顔をして、どこからか帰って来た。室の隅の木谷と柿本は、身に疵《きず》があるのに、強いてそれをかくして笑うような中尉の笑い方に目をとめた。
 木谷の直感は、その笑い方に、ぴたりとかたく結びついた。彼は、中尉の心の状態が手にとれるような気がした。
「どうだい、今日は、※[#「さんずい+欒」、第3水準1−87−35]源門《ラクゲンモン》の攻撃だぞ……。」
「そうですか。」
 木谷は、ご機嫌を取るように近づいてくる相手の疚《やま》しげな顔つきに、平気な、そッけない声で答えた。
「今日、お前らが、ウンときばればもう落ちてしまうんだぞ。」
「そうですか。――中尉殿!
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