達ノ生命ヲモ財産ヲモ保護シテハイナイノデアル。諸君ハ、工場ヤ、銀行ヤ、病院ヲ守ッテイルダケデアル。工場ヤ、銀行ヤ、病院ハ誰レノ所有ニ属スルモノデアルカ!
諸君! 労働者、農民ノ出身デアル兵士諸君! 諸君ハ、居留民ノ生命財産ノ保護、国旗ノ尊厳トイウガ如キ言葉ニ迷ワサレテハナラヌ。諸君ハ、日本国内ニ於テハ、農村ヤ工場ニ於テ、資本家ヤ地主カラ搾取セラレ、支那ニキテハ帝国主義ブルジョアジーノタメニ命ガケノ血ナマグサイ戦争ヲサセラレヨウトシテイル。莫大ナル出兵費ハ誰カラ出ルカ、諸君ガ一本ノ煙草ヲ喫ンデモ、半斤ノ砂糖ヲ使ッテモ、一足ノサル又ヲ買ッテモ、必ズ間接ニ徴収セラレル税金カラ出テイルノダ。
支那ノ労働者農民ノ国民革命運動ヲ、血ヲ以テ窒息セシメタ各国ノ帝国主義ハ、干渉カラ土地掠奪ニ移ロウトシテイル。日本帝国主義ハ、真先ニ掠奪スルタメニ有利ナル戦略的状勢ヲ利用シテ、諸君ヲコノ地ヘ来ラシメタ。日本ハ山東ヲ満洲ノ如ク、奴隷的植民地トシヨウトシテイルノダ。満鉄ヤ撫順炭坑カラ諸君ハ一文デモ利益ヲ得タカ。満鉄ヤ撫順ノタメニ諸君ノ暮シガチットデモラクニナッタカ。
満洲ハタダ大資本家大地主ヲ太ラセルダケダ。太ッタ大資本家共ハ、鈴文ヤ松駒ノ如キ階級的裏切者ヲ買収シ、諸君カラノ搾取ヲマスマスヤサシクシ、諸君ノ妻ヤ子ヲ、飢ニヒンセシメ、諸君ヲモ絞殺スル反動ノ城塞ヲ固クスルモノデアル。
分割センガ為メニ弾圧スル――コレガ支那ニ於ケル帝国主義者共ノ政策デアル。帝国主義者共ハ既ニコノ憎ムベキ計画ノ第一部ヲ国民革命ニ対スル連合ノ軍事干渉ニヨッテ実現シタ。山東ノ折軍素的占領ハ、コノ計画ノ第二部ノ開始デアル。植民地再分割ノタメ帝国主義戦争ガ勃発スル可能性ガ十分ニアルノダ。
諸君ヨ、思エ! 将軍、独裁官田中ハ、諸君ヲ山東ニマデヨコサシメタル田中ハ諸君ノ階級ノ最悪ノ敵デアルコトヲ! 彼奴ハ内地ニ於テ、労働者農民ヲ搾取シ、蹂躪シテイル奴デアル。彼奴ハ諸君ノ兄弟ヤ父ヲ刑務所ニ閉ジコメ、諸君ノ妻ヤ児ヤ、母ヲ虐待シテイルモノデアル。
日本人兵士諸君!
諸君ハ山東侵略ノ命令ニ服スルコトヲ止メヨ! 支那民衆ニ対シテ、剣ヲ振リカザスコトヲ止メヨ! 而シテ諸君ハ、支那ノ労働者、農民、兵士達ト手ヲ握レ、諸君ガ革命的連帯ノ固キ握手ニ達スルタメニハ、如何ナル犠牲ヲモ辞スルナ。両側カラ反革命ノ戦線ヲ切リ崩セ。支那革命擁護ノタメニ、諸君ハ支那ノ労働者、農民、兵士達ト力ヲ結合セヨ!
[#ここで字下げ終わり]
「おいおい、これゃなんだい。こんなものを外套の間へ突ッこんどるが。」
勤務が終って帰って来た兵士達に、この奇怪な紙片が眼にとまった。
巻脚絆を解いて、自分の背嚢に近づいた。製麺職工の玉田にも、その紙片は眼にとまった。那須も紙片を拾い上げた。
「おや、これゃ、こんなもんは、届けんきゃなんないぞ。」
「待て、待て! 何だか訳が分らずに届けることが出来るかい!」
高取が幅のある声で訓練所を抑えつけた。
夕暮れになっていた。薄暗い寄宿舎で、彼等は、それを読んだ。読んでしまうと、互に顔を見合わせた。そして、かげにかくれて、盗んでするような微笑を浮べた。
「これゃなんだい……なかなか面白い奴がいるね。」
「これゃ、チャンコロの仕事だ。チェ!」
「なんだい。これッくらいのこたァ、俺れでも知ってるぞ!」
黙り屋の那須は一心にそれを読みかえしていた。
「諸君が、革命的連帯の固き握手に達するためには、如何なる犠牲をも辞するな。」高取は最後を、声をあげて読みかえした。「両側から反革命の戦線を切り崩せ。支那革命擁護のために諸君は、支那の労働者、農民、兵士達と力を結合せ!――そうだ、全く、その通りだ!」
まもなく、寄宿舎と工場内に大騒動が起った。兵士達は、その場に立たされた。慌てふためいた支配人、社員、中隊長、重藤中尉、特務曹長が、そこら中をかけずりまわった。
ポケットがさぐられて、頬ッぺたがぶん殴られた。アンペラから、毛布から、背嚢から、私物まで、すっかりひっくりかえされてしまった。
伝単が持ちこまれた径路と出所が厳重に詮索せられた。二百何十名かの工人は、一人々々裸体にひきむかれた。女工も素裸体にせられた。
くさい[#「くさい」に傍点]工人は、キリストのように、柱にくくりつけられた。そして工人たちの底の平ぺったい汚れた支那靴が、しきりに宙を苦しげに踏んばっていた。
伝単は、恐らく猿飛佐助でもが持ちこんだものだろう。誰の仕業だか、あきていやになるまで探しても分らなかった。
兵士たちの殴られた頬は、まだ、ぴりぴりはしっていた。こんな場合、いつも真先に睨まれる高取は、頭に角《つの》のようなコブが出来ていた。ごったかえしたあとを掃除して、寝についた。油を搾られたにもかかわらず、彼等は、腹の
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