シヤの植えこみに包まれた鈎《かぎ》型の第三、第四校舎の間で、焚火が見えた。若芽が伸びたアカシヤの葉末は、焚火に紅く染っていた。
「怖かないかね?」いざという場合には、自分の方が、一枚うわ手だと確信している陳長財は、冷かすように囁いた。「馬鹿! いらんことを喋っちゃいかん!」
山崎は真面目に叱った。と同時に、アカシヤの幹と幹との間で、「誰れだ、そこへ来るんは?」という支那語の声がした。
手にピストルを握っている有様が、遠くで燃え上った焚火にすけて見えた。
用心してやがるんだな。相手がやり出せば、やぶれかぶれだ、畜生! と考えて、山崎は腰のブローニングに手をやった。
「タフト先生はいらっしゃるかね?」
陳はやはり歩きながら訊ねた。顔をたしかめるため、黒い影はアカシヤの間から、近づいて来た。
「君は誰れだ?」と影は云った。
「師範部の学生だ。」
「名前は?」
「先生に、今夜、お伺いする約束がしてあるんだ。」山崎は横から支那語で呶鳴った。「学生が学校へ這入って行くんが、何故に文句があるんだい!」
歩哨小屋のような門鑑の前をぬけて、柵をめぐらした校内に這入ると、彼は、陳長財のかげにかくれて、焚火からは見えないように、一歩ほどあとにおくれた。
陳は、この便衣隊の巣へ乗りこみながら、ちっとも恐れたり、取りつくろったりする様子がなかった。
二人は宿舎の方へ進んだ。こいつ、南軍の奴と何か連絡を持ってるんじゃないかな。ふと、山崎は陳を疑った。金を出せば何でも喋るが、まさかの場合は、向うへつく。そういう奴じゃないかな。
いくつも、いくつもの、適当に区切られた真暗の部屋の中に挾まれて、一つだけ電気のついたのがあった。支那語の話がもれていた。
二人は、窓の下を通って、暗い廊下へ曲った。反対側に出ると、その部屋の、入口は開けはなたれていた。鉄砲をガチャ/\鳴らしたり、弾丸《たま》を数えたりする音が聞えた。明らかに大学生ではない。黒服の支那人が、室内で、左の肘を水平に曲げ、拳銃をその上にすえて、ねらって撃つ真似をしていた。
その男は、ガチッと引鉄《ひきがね》を引いた。
「命中!」
が、弾丸が這入っていないと見えて発射はしなかった。
「おや、こんな、ロシヤの弾丸がまじっていやがら――こいつのさきは、両方とも尖っているんだぞ。」
弾丸を数えている奴が笑い出した。
「ロシヤは腹背に敵を受けとるからだべ。」
彼等は、入口に立っている陳と山崎に気づくと、ふと口を噤《つぐ》んで、訝《いぶ》かしげに、二人を見すえた。
「呀《ヤ》! 吃晩飯了※[#「口+馬」、第3水準1−15−14]《チワンファンラマ》! (いよう、今晩は。)」
つとめて気軽く、山崎は部屋の中へ一歩踏みこんだ。その時、彼は、陳が、黒服の支那人と眼でお互いに笑い合ったような気がした。
隅の暗いところで武器をいじっていた、いな[#「いな」に傍点]頭の若い男は、彼の声をきゝつけて、わざ/\ほかの者の前に来て、じっとこっちの顔を見た。
「諸君は、どっちからやって来たんだね。……上海の方は大変景気がいゝって話じゃないか。本当かね。」
誰も、何とも答えなかった。お互いに、何かもの云うような眼で顔を見合って、黙っていた。山崎は、あまり話が上わずッていたと、また後悔しながら、心臓に押しよせる血の高鳴りを聞いた。
部屋の中には、約二十挺の鉄砲と、箱に這入った拳銃が古靴を積重ねた傍に置いてある。一方の白い壁には、日本と朝鮮の地図を両足に踏んだ田中義一が、悪魔のような爪の伸びた長い手で、満洲、蒙古、山東地方を一掴みに掴みとろうとするポスターが、二枚つゞけて貼りつけてある。
「中国人《ツンゴレン》、不斉心《ブチシン》、日本鬼《リベンクイ》、逞野心《チンケエシン》。」
傍にはこう書いてある。
もう一方の窓の上の壁には、人民から強奪、強姦して国を売る張作霖の漫画と、共産党とソヴェートロシアを、「共産賊党」「赤色帝国主義」と称しているポスターが、電燈の陰影の背後に、ボンヤリと並んでいた。これは、上海あたりで、既に、たび/\見受けたものだ。
米国は、こっちの野心を、もう、穿《うが》ちすぎるほど穿っているんだ。ポスターを見て、山崎は感じた。
満洲、蒙古、山東地方は、こっちが取らなけゃ、かわりに米国がそれを取るんだ。アメリカ人は、労働賃銀が動物なみで、原料がいくらでも得られる、殆んど組織がない支那へ眼をつけている。大工場、大銀行を持ってこようとしている。支那人すべてを、賃銀奴隷としてしまおうとしている。
「こんなにおそく、女郎買いにでもさそいに来たんか。」一人のせいの低い滑稽な顔をした支那人が、眼尻を下げて笑った。
山崎は、こっちからも笑いでそれに答えながら、陳長財に、どうだタフト先生の方へまわっ
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