れが、すったもんだの揚句、罰金をとられることになった。あとから二升だけ酒を買い足し、偶然来あわした一人の男に盃したのが悪いというのだ。
 村会議員は、ごた/\言い出して、すぐ自分から引いてしまった。
 補欠選挙が来た。親爺は家に引っ籠って、謹慎の意を表した。もう、家に火をつけて全《ま》る焼けにするとおどかされたって、議員などになる意志は毛頭なかった。彼は憤慨に堪えなかった。そんな時、蒲団を引っかぶって寝て我慢するたちだった。その時も、敷き流して脂垢《あぶらあか》にしみた蒲団から、這い出て飯を食うと、また、そこへ這いこんだ。三日ばかりを無為に過した。ところが、よせばいゝのに、『松葉屋』の小作人達が、また、親爺に投票した。
 再選した。親爺にもいくらか色気が出た。
 それから間もなくである。
 二年前から取りかゝっていた学校の新築は落成した。田舎村のその時代としては、驚嘆すべき三万円がかゝっていた。それは洋式だった。青味がかったペンキを塗り立ててあった。屋根はスレート葺きだ。棟は鋭角をなして空中に高く尖っていた。しかし、柱や梁は古木で細く、所々古い孔へ埋め木をしたり、別の板で中味をかくしたりしていた。見えぬところは手を抜いてあった。
 この新築に関係した村会議員の涜職事件が村の者達の前にだん/\曝露されだした。
 親爺は、前に、買収の罪をきせられた意趣がえしもあった。たしかにあった。彼は『松葉屋』や『庄屋』がその同類として引き込みに手を廻して来るのを、きっぱりとはねつけた。
 幹太郎には、すべてが、つい一昨日の出来事のようにまざまざと躍っている。彼は、頑丈で、闘志があって、米俵をかつぐ力持にかけては村中、誰も親爺に及ぶ者がなかった。[#「。」はママ]素朴なあの親爺の一ツ、一ツを、はっきりと手に取るように覚えていた。だが、それは十年も昔、いや、もう十三年も昔のことに属するのだ。
 三月のことだった。畠の、端々に、点々と一と株ずつ植えられた食わずの貝のような蚕豆《そらまめ》の花が群がって咲きかけていた。親爺には一寸留守にしなければならない事件が起った。妹が嫁入ったさきで折合いが悪く、すったもんだやっていたのだ。親爺はK市の海岸通りの船具屋である、その義弟の家へ出かけた。
 事件は、すべて彼の留守中に悪化した。『松葉屋』も、『網元』も、『庄屋』も、証拠不十分で不起訴になった。
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