あるのだ。
 彼は、親爺が故郷を追われたことを思った。
 親爺のような人間が、植民地へ来て、深みへ落ちてしまうのは、四人や五人ではきかないだろう。
 いや、幾人あるかしれないだろう。ここは、みな、郷里に居づらくなった者ばかりが来るところだ。食い詰めて頸が廻らなくなった者か、前科を持っている者か、金を儲けて、もう一度村へ帰って威張りたい、俺を侮辱しやがった奴を見かえしてやろう! と、発憤した者か、そして朝鮮や満洲に渡って、そこでも失敗を重ね、もっと内地とは距った遠い地方へ落ちねばならなくなった者がやって来るところだ。
 竹三郎は、九ツの幹太郎と、五ツと、三ツのすゞと、俊を残して満洲へ渡った。
 村の背後には、川を隔てて高峻な四国山脈が空を劃《くぎ》っている。前面は、波のような丘陵の起伏と、そのさきの太平洋に面した荒海がある。幹太郎は、その村で、ほかの子供たちから除《の》け者にされながら少年時代を過した。太陽は、山に切り取られた狭い、そして、青い/\、すき通った空を毎日横ぎった。春には山際の四国八十八カ所の霊場の一つである寺の鐘がさびた音で而もにぎやかに村の上にひびき渡る。遍路が、細い山路を引っきりなしに鉦をならして通る。幹太郎は、そこで、小さい手を受けて遍路から豆を貰うのにさえ一人ッきりで、皆からのけ者にされた。理由は、親爺が、ほかの子供達のお父さんである村会議員を、確証がないのに、涜職罪として罪人に落そうとたくらんだ。ということからきていた。
 だが本当に確証がなかったか、本当に、親爺がほかの村会議員を罪に落そうとたくらんだか!

 小学校の新築が落成した。その年である。竹三郎は村会議員に当選した。自作農で小作農も兼ねている。そんな人間は、村会議員どころか、衛生組合の伍長の資格さえないもののように思われていた。
 そんな頃である。親爺は、誰の前でも恐れずに、ものを云い得る口を持っていた。物事の裏を衝く眼を持っていた。彼が村会へ頸を出すのは、ほかの議員達は一人として喜ばなかった。
 ――一カ月ほど前、親爺は、門を建てた。用材に山の樹を伐った。そして引き出しを手伝ってくれた近隣の者と、義兄や甥に酒を振る舞った。それが悪かった。それを見ていた『松葉屋』が、買収手段だとして、密告した。用材出しを手伝ったお祝いのしるしに、おみき(酒)を振る舞うのは一つの習慣だ。それだのに、そ
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