げビリビリッと胴慄いをして、がらくたものが散らばっている街上に重くドシンと倒れた。
「くたばりやがった!」
 山崎は歩いた。このピストル一発で、陳に渡す三百元が、自分の懐へころげこんだのだ。それを思うとぞくぞくした。
 彼は、邦人の家が掠奪された有様や、両耳を斬られた女の屍体、腹に石を詰められた男の屍体、それを、兵士達や、避難民や、内地の大衆に知らしてやる必要があった。そのことを考えた。世界中に知らしてやる必要がある!……
 司令部の前に来た。
「止まれッ!」
 歩哨の声は彼の耳に入らなかった。
「止まれッ!」
 やはり彼は、何事か考えながら歩いていた。
 そこは、北軍退却の以前から厳重な服装検査と警戒のあるところだった。孫伝芳の自動車もそこで停止を命じられたりした。
 自動車の主は引きずりおろされた。ポケットはさぐられた。
「俺は、孫伝芳だぞ!」
 金モールの額のはげ上ったおやじは、じだんだを踏んで口惜しがった。
「俺は、孫伝芳だぞ! 無礼者め!」
 けれども、歩哨には、直魯連合軍司令もヘッタクレもあったもんじゃなかった。すべてが同じだった。任務をはたすだけだ。
「チェッ! 孫伝芳ッて何だい! ごつげな、いい金モール服を着てやがって、どこの馬の骨だい!」
 山崎が通りかゝったのはこの歩哨線である。歩哨は、支那服の、支那くさい男を咎めた。
「止まれッ!」
 山崎は、自分の支那服を忘れて、すっかり日本人のいい気持になっていた。惨酷な情報で、群衆の熱情をあおり立てる、その沸騰する有様を、夢中に想像していた。話してやる! 知らしてやる!……そして、誰何されるのは、ほかの支那人だと感じた。そんなつもりだった。
「止まれッ!」
 まだ、彼は気がつかなかった。
 つゞいて銃声がした。
 五挺のピストルと、八千円の預金通帳を肌身につけて離さなかった山崎は、ぱたりひっくりかえった。
 くたばっちゃった。とうとう!

     二九

 飛行機がとんできた。
 市街の上空にさしかゝると、それは、糞をする鳥のように、続けさまに黒いかたまり[#「かたまり」に傍点]を落した。スーッと空中に線を引いてボーンと地響きがする。投下爆弾!
 三機である。くの字形に距離を置いてとんでくる。古巣のような、この街の上空に大きな円を描いて翔けめぐった。西端の上に来た。その中の一ツは、ポッと硝子だまのように
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